華やかなファッション業界とサステナビリティ
ファッション業界はその生産プロセス、消費、廃棄のライフサイクル全体にわたって環境への影響を与えています。ファッション業界は世界全体の二酸化炭素排出の8-10%を占めると言われており、これは航空業界や海運業界の排出量と同等またはそれをやや超えるレベルです。今回は、ファッション業界が環境に与える影響をいくつかご紹介したいと思います。
ファッション業界が環境に与える6つの影響
1.水の消費と汚染
コットンの栽培には大量の水が必要で、染料や処理の過程で有害な化学物質が水源に流出することがよくあります。これは水の汚染とともに、水不足の地域での水の供給に影響を与える可能性があります。一枚のコットンTシャツ(約250g)を作るのに2,500リットルから3,000リットルの水が必要だと言われています。この数字は、コットンの種を植えてから収穫、加工、染色、製造に至るまでの全過程で使用される水の量です。中でもコットン栽培は非常に水を多く必要とします。適切な水管理が行われない場合、地下水の枯渇や水の供給に影響を及ぼすことがあるのです。
世界の主なコットン生産地は中国(新疆ウイグル自治区、黄淮海地域、長江中下流地域)とインドとアメリカ(テキサス州、ミシシッピ州、アーカンソー州)。以下は、コットン栽培と水不足に関して特に影響を受けているインドの主な地域です。
マハラシュトラ州:この州は、特にヴィダルバ地域でのコットン栽培が盛んですが、過去数年で深刻な干ばつに見舞われています。多くの農家は地下水を利用しているため、地下水位が急速に低下しています。
グジャラート州:インド最大のコットン生産地域の一つ。水の過度な抽出による地下水の減少が報告されています。
アンドラ・プラデーシュ州およびテランガナ州:コットン栽培が盛んですが、干ばつや水不足の問題が増加しています。
パンジャブ州およびハリヤーナ州:これらの北部の州は伝統的に小麦や米の栽培が主でしたが、一部でコットンの栽培が増加。既に水不足の問題がある地域での水の使用がさらに増加することが懸念されています。
インド以外の場所でアラル海はかつて世界で4番目に大きな湖であり、24種の魚が生息しており、漁村や豊かな森林、湿地に囲まれていました。湖は塩水でしたが、それを給水していた川は淡水でした。1950年代から1960年代にかけて、ソビエト連邦は中央アジアの綿栽培を増やすために、アラル湖へと流れ込む2つの主要な河川、アムダリヤ川とシルダリヤ川の水を農地に灌漑するために使用し始めました。これにより、これらの河川から湖への水の供給が大きく減少し、湖の面積が縮小し始めたのです。また、ウズベキスタンの綿栽培における強制労働の問題も、過去数十年にわたり国際的な懸念として取り上げられています。
COP27で、Better Cotton は、世界各地で極端で予測不可能な気象現象がより頻繁になり、天然ファッション繊維の供給に影響を与えているため、新世代繊維の使用を増やすだけでなく、より回復力のある農場を作り、自然災害から生産者が回復できるよう支援することが重要と述べていました。実際に、近年パキスタンで起きた国土の3分の1に及ぶ悲劇的な洪水は、綿花産業が一夜にして崩壊状態に。何百万人もの人々の生活に影響を与えていました。ベター・コットンは、小規模農家コミュニティを支援するために、ファッション業界とそのバリューチェーン全体にわたるさらなる協力を呼びかけています。
ちなみに、エジプトのコットン農家は近年、Better Cottonの基準を取り入れて、持続可能な生産手法を実践しています。2020年から、Better Cottonは地元のパートナーであるコットン研究所と国連工業開発機関(UNIDO)と密接に協力して、エジプトの農家たちが持続可能な方法を採用し、生計を向上させるための知識とツールを得る支援が行われています。エジプトのKafr El SheikhとDamietta県の約2,000の小規模コットン農家がBetter Cottonのプログラムに参加しているそうです。
2.化学物質の使用
染料、処理、および仕上げに使用される化学物質は、生態系や人々の健康に有害な影響を及ぼす可能性があります。例えば、AZO染料は特定の条件下で発がん性のアミンを放出することが知られていますし、重金属を含む染料(例:クロム、銅、亜鉛)も環境へのリスクがあります。テキスタイルの処理や仕上げの段階で、撥水性や防炎性、しわ防止などの特性を持たせるためにも化学物質が使用されます。それらの化学物質の中には、PFCs(フッ素化合物)など、人体や環境に有害なものが含まれています。テキスタイル工場からの排水には、未処理の化学物質が多量に含まれていることが多く、これが河川や湖沼に放出されることもあります。それに、水中の魚や生物がこれらの化学物質に曝露されると、生存率が低下したり、繁殖に問題が生じたりもしているのです。これらの化学物質を取り扱う労働者は、直接の健康リスクに晒されています。例えば、バングラデュのテキスタイル工場では安全基準が不十分な場合が多く、労働者は化学物質の影響や劣悪な労働条件のための健康被害を受けるリスクが高くなっています。2013年のラナプラザ工場崩壊事故は、バングラデュのアパレル産業の安全基準の問題を国際的に浮き彫りにしました。この事故では1,100人以上が死亡し、多くの労働者が負傷したのです。その他、インド、パキスタン、カンボジア、ミャンマーなど、他の多くの途上国も同様の健康リスクに直面しています。さらに、化学物質を含む衣料品を身につけることで、皮膚炎やアレルギー反応を起こす可能性もあります。
3.廃棄物
ファストファッションの文化により、衣服の寿命が短くなっており、大量のテキスタイル廃棄物が生成されています。多くの衣服はリサイクルされず、埋立地や焼却されます。衣服が埋立地に捨てられる場合、分解過程でメタンガスが放出されることがあります。メタンの温室効果は二酸化炭素よりも強力で、100年の時間尺度で見ると、メタンの放射強度は二酸化炭素の25倍以上で、より気候変動に対する影響が大きくなります。また、衣服が焼却される場合、二酸化炭素や他の有害ガスが放出されます。
4.温室効果ガス排出
ファッション業界は、製造から輸送までのさまざまな段階で温室効果ガスを排出します。これは地球温暖化の一因となります。特に合成繊維の製造は大量のエネルギーを必要とします。これは大量の化石燃料の使用を意味し、それが二酸化炭素の排出につながります。
5.過剰消費と生産
現代のファッション業界は、新しいトレンドを迅速に提供することを重視しており、これが過剰生産と過剰消費の文化を生み出しています。特にファストファッションのブランドは、新しいトレンドを迅速かつ低コストで市場に供給することに焦点を当てていますが、環境に対する多くの負の影響ももたらしています。また、低コストの生産を維持するために、多くのブランドは低賃金の国での生産を選択し、労働者の権利や健康が犠牲となっており、持続可能性と倫理性の面でも課題が大きくなっています。
6.生物多様性の喪失
森林を伐採して農地を拡大すること、農薬の使用、および自然繊維の非持続可能な栽培は、生物多様性の喪失を引き起こすことがあります。例えば、木材ベースのセルロース繊維(例:レーヨン、ビスコース)の需要増加に伴い、貴重な森林地帯が伐採されることがあります。例えば、インドネシアやブラジルなどの熱帯雨林がこれらの繊維の生産のために伐採されることが知られています。また、ポリエステルやナイロンは石油を基にした合成繊維であり、石油採掘は環境への影響が大きいです。特に油田や石油の採掘地は、しばしば生態系の損失や土地の汚染を伴います。また、 特にポリエステル製の衣服は、洗濯時に微細なプラスチックの繊維(マイクロプラスチック)を放出することが知られています。これらのマイクロプラスチックは水系に入ると、水生生物に影響を与え、食物連鎖を通じて人々にも影響を与える可能性があります。さらに、ポリエステルやナイロンは自然には分解しにくいため、環境に放出されると長期間そのまま残る可能性があります。これは特に海や河川などで、生態系に悪影響を与えています。
これら6つのことも、ファッション業界が持続可能性と環境に対する責任を取る必要性を強調する要因となっています。
Global Fashion Summit
今年、コペンハーゲンで開催された「Global Fashion Summit」では、ファッション業界が持続可能性への実際の行動を取ることの緊急性が議論の焦点になりました。
メアリー・デンマーク皇太子妃のお話し
メアリー・デンマーク皇太子妃は、彼女の開会の言葉で以下のように述べました。(一部抜粋)
「私はこのフォーラムで何度も言ってきましたが、再度強調することの重要性を感じています。それは、ファッション産業の強力な影響を強調するためです。皆さんは、世代を超えて指導し、触発してきた創造的な産業の一部です。今こそ、世界中、さまざまな産業に触発するチャンスです。言い換えれば、複雑な産業がどのように変革できるか、世界に示す時です。自然の脆弱性を保護し、自然を保全する産業へ。人々、社会、経済に与えるものが取るものよりも多い産業への変革です。新しいファッション産業は、単に触発的で豊かなだけでなく、持続可能で包括的でもあります。」
“I’ve said this more than once in this forum however, I feel it is important to reiterate, as it reinforces the strong influence of the Fashion industry: You are all part of a creative industry that has led and inspired for generations, now is an opportunity to inspire worldwide and across industries. In other words, show the world how a complex industry can transform: to one that protects the fragility of and conserves our natural world. To one that gives more to people, societies and the economy than it takes. A new fashion industry that is not only inspiring and bountiful, but sustainable and inclusive as well.”
Ambition to Action
Global Fashion Summit今年のテーマは「Ambition to Action(野心を行動に)」で、未来の約束だけでなく、即座の行動を重視ーマは「Ambition to Action(野心を行動に)」で、未来の約束だけでなく、即座の行動にフォーカスしていました。
サミットでは、LoeweとJW AndersonのクリエイティブディレクターであるJonathan Andersonや、LVMHのイメージと環境を担当するAntoine Arnaultなど、ファッション業界のリーダーたちが議論を行いました。また、Nike、Gucciの親会社であるKering、Zaraの親会社であるInditexなどの大手ブランドも参加していました。
サステイナブルな衣類を作るために企業が行っていることも発表され、例えば、 Allbirdsは炭素排出量ゼロの靴のプロトタイプを披露し、Ganniは、製造廃棄物からのCO2をテキスタイルに変えるRubi Laboratoriesを紹介しました。その他にも、興味深いものが多々発表されました。
ガーナのテキスタイル廃棄物の問題
サミットでは、ガーナのアクラにあるKantamanto市場でのテキスタイル廃棄物の問題が大きな議題となりました。Kantamanto市場は、ガーナの首都アクラにある大規模な衣料品市場で、西アフリカで最も大きなものの一つとされています。多くの衣類は、欧米の寄付やリサイクルとして収集されたもので、日本からも送られています。それらはアクラのKantamanto市場に流れてきますが、市場でも売れ残った衣服は、アクラのゴミ埋立地や河川、海に捨てられることが一般的。衣料品の分解には時間がかかるため、地域の環境に長期的なダメージを与える可能性があります。 Kantamanto市場は、多くの地域住民にとっての重要な収入源となっていますが、ガーナの首都だけでも毎年1億点以上とかなりの量の衣料品廃棄物の処理コストや、環境への影響に対する対応が、経済的な負担に。市場にも毎週1,500万点の衣料品が届き、地元の女性たちはこれらの大きな衣料品の荷を頭に乗せて運んだりもしているため、女性たちへの負担も大きくなっています。さらには、地元の織物産業は崩壊寸前に。安価な中古衣料品の流入により、地域の織物業やファッション産業が圧迫されています。
対策については以下のような発表がありました。
①The Or Foundationへの資金提供: ガーナでテキスタイル廃棄物の問題に取り組むThe Or Foundationは、環境正義、個人の行動を変えるための教育、ファッションのシステムを持続可能な方向へ変えていくという分野で活動しており、現在のような環境を破壊するモデルに代わる生態系の繁栄をもたらすような選択肢を見つけ出し、実現することを使命に対策をとっています。その資金として、ファストファッションブランドSheinから1,500万ドルを受け取りました。The Or Foundationは、テキスタイル廃棄物問題や持続可能なファッションに関する研究、教育、アドボカシー活動を行う団体で、ガーナのKantamanto市場を中心に、テキスタイルのサプライチェーンにおける持続可能性や廃棄物問題に関するリサーチを行っています。また、地域コミュニティや関連業界、政府機関などに、持続可能なテキスタイル消費や廃棄物管理に関する教育を提供しています。
②任意のEPRイニシアティブへの呼びかけ: 欧州連合がEPR(製品の終末責任)規制の導入を検討している中、The Or FoundationのSammy Oteng氏は、ブランドに任意のEPRイニシアティブを導入することで行動を加速するように求めました。
EPR(Extended Producer Responsibility)イニシアティブとは、製品の製造者や輸入者が、製品の生涯を通じて、特に廃棄時にその製品の環境への影響を最小限にする責任を持つという考え方を基盤とした環境政策の一つで、製造業者や輸入者に以下のような責任を求めることが多いです。
・製品の再生・リサイクル 製造業者は、製品の終末処理を含む再生やリサイクルのコストを負担することが求められます
・回収システムの確立 製造業者や輸入者は、使用済みの製品や包装を回収するためのシステムを設置する責任があります
・製品設計の見直し EPRの原則に従い、製造業者は環境への影響を考慮して製品を設計し、リサイクルしやすい材料の使用や、廃棄物の量を減少させる設計への変更すること。
日本には、現時点ではEPRが直接的に服やファッションアイテムに対して適用される法律や制度は導入されていません。もちろん、サステナビリティや環境保護への意識が高まる中、多くのアパレルブランドが自主的にリサイクルや持続可能な生産方法の導入を進めていますが、これは法律による義務付けではなく、企業の自発的な取り組みとなっています。欧州では、環境への影響を最小限にするために、アパレル産業に対するEPR制度の導入を議論する動きが進められています。これは、アパレル産業が環境に与える影響を意識し、リサイクルやエコデザインの取り組みを強化するためのものです。
今年のCOP28では、ファッション業界からどのような進展が発表されるのか、注目しています。