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伝説のティッシュ配り
街に出かけると駅前や人通りのある場所には『ティッシュ配りの仕事をする人』がいる。
時折配るアイテムが「ティッシュ」ではなく、ティッシュ配りだと思って受け取るとガッカリするただのチラシ配りだったり、夏は小さめの団扇であったり(何年も使われたりする)、最近はご時世を考慮してなのかマスクを配ったりするのを見たことがある。
衛生面を考えると、素性の知らない人からもらうマスクは装着して大丈夫なのかダメなのか正直よくわからないところだ。
都内では1本180円くらいするであろうエナジードリンクの「レッドブル」や「Monster Energy」の新作フレーバーを朝からイケイケのギャルが配っていて、それを受け取ろうとするサラリーマンとOLで行列ができる。
行列の中には50~60代のジイさんサラリーマンも混ざっているが、飲んだ時の高カフェインと奇妙な味に身体がビックリしてひっくり返るじゃないかと一抹の不安を覚える。
そんなティッシュ配りの仕事を私も20代前半の頃にやったことがある。
当時は就職した会社をやめてからしばらく経ち、寝たいだけ寝て、起きてはオンラインゲームをするかゲームセンターに行くかという生活を繰り返し、無職が板についてきた時代だ。
あまりの働かなさに当時付き合っていた彼女にも愛想をつかれて別れたり、前の仕事で稼いだ貯金もいよいよ底が見え始めた頃だった。
それでも基本的には楽観主義である私は「これはいよいよ働かなければヤバイぞ」とまでは思わず、「まぁたまにはバイトでもしますかね~」くらいの軽い散歩気分で日雇いアルバイトを紹介してくれる派遣会社に今日できる仕事はないかと連絡をした。
しばらくすると先方から「草加駅前で14時スタートで15時30分までの1時間半、ティッシュ配りのお仕事ありますがいかがでしょうか?」と返事がきたので「いきます」と伝え、14時に草加駅に到着できるように準備をする。
ティッシュ配りの仕事は服装はカジュアルでOKとの事。
私は無職のくせに「服装で無職と思われたくない」というめんどくさい能力を持っていたので黒いジャケット、黒いYシャツ、黒魔術のような呪文が書いてある刺繍の入ったズボン、最後に履き心地最悪の安い革靴を身に纏う。
スーパーファミコン時代のスクウェア製RPGでよくある、武器防具装備メニュー画面で「最強装備」を選ぶとプレイヤーがその段階で所持している装備をAIが自動判断をして最強のプリセットを組んでくれる機能があったが、私の中のAIが計算ではじき出したのがこの最強装備だった。
今なら断言できるが平日の14時にこんな服装してるヤツはほぼ確実に無職だ。
無職はなぜか謎のダサファッションをして尻尾を出すので本人達が思っているより簡単には隠せなくなっている。
そんなガイアに囁かれがちな暗黒騎士ファッションを済ませたらあとは草加駅までのルートを調べる。
私は当時、埼玉の南部の武蔵浦和駅周辺に住んでいたが、同じ埼玉にあるはずの草加駅に行ったことがない。
調べてくうちにわかったことだが草加駅までは普段使わない路線の電車に乗り、更に途中駅で乗り換えが必要なのだ。
埼玉の武蔵浦和から東京の池袋に行く方が距離も近く、電車の片道料金も安い。
都心に行きたければ東京や神奈川へ行くし、田舎っぽいところに遊びに行くなら群馬や栃木に行けばいいので、草加は普通に生活していたらまったく接点が無い土地である。
そんな草加という見慣れぬ異国の大地に電車で1時間かけて暗黒騎士の私が到着する。想像よりも行き交う人が多い駅だった。
埼玉といえば「浦和or大宮」が一番栄えてると勝手に思い込んでいたので草加駅の思わぬ繁栄ぶりに面を食らう。
携帯電話で到着したことを担当の人に告げると、どこからかちゃんとしたスーツを着た大人が私を見つけ出し、ダンボール一箱を担いで持ってきて「この一箱をお願いします。捨てたりしないでくださいね。」と私に告げると少し忙しそうにしてそのまま去っていった。
特に大した説明を受けずに「ティッシュ配り」は始まった。
箱を開けてティッシュを見ると、「パチンコ屋の新装開店」のお知らせ用ポケットティッシュのようだ。店名は忘れてしまったので、以降はそれっぽく「パチンコ屋 玉玉デル」と呼称しよう。
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ダンボール一箱にポケットティッシュが何個入っていたのかは覚えていないが、調べてみると約500個あたりが平均らしい。たぶん。
これで情報が出揃い、やるべきことが見えてきた。
私はダンボール箱からティッシュを小さなカゴに何個か入れ、草加駅の入り口から草加の街に向かって叫ぶ。
「パチンコ玉玉デルです~~ よろしくお願いします~~~!!」
自分でも驚くほど街に響く大きな声が出た。
無職の期間が長すぎて、声量の調整に慣れていなかったのだ。普段は2、大きくても3のボリュームで喋っていたので、7か8の声を出そうとしたら調整が上手くいかず12の声量が出てしまった。無職あるあるだ。
すると、ティッシュを受け取ろうと人々の視線と進路が一気にこちらへ集まってくるのを感じた。
思わぬ誤算だったが、50代くらいの主婦を皮切りに、サラリーマンからOLまで、通り過ぎざまにどんどんティッシュを受け取ってくれる。
草加という普段来ないし知り合いもいない土地を利用して調子に乗りつつ、「パチンコ玉玉デルです~ よろしくお願いします~」と普段よりも妙に通る声を出しながら、ちょっとした人だかりを作りつつ配り続けていると、それを見つけた60代くらいのおばちゃんが近づいてきた。
「お兄ちゃん、玉玉デルはこの日出るの!?」
そう質問してきた。
このおばちゃんには、私が今日初めてティッシュ配りをしているだけのプー太郎だとは知られるわけにはいかない。きっと彼女には私が「玉玉デルの出玉調整まで任されている店員」に見えてしまったのだろうと悟る。
「出ます!」とも、「出ません!」とも言えないし、「ただのティッシュ配りなので私もわかりません」と伝えるのもおばちゃんの夢を壊してしまいそうだった。
そこで機転を利かせて、「当日お待ちしておりますので、ぜひ来てください~」と適当に誤魔化した。もちろん玉玉デルの新装開店日に私はいない。
そのあと、おばちゃんが「前の日に玉玉デルで海物語を打っていて、出ると思ったら出なかった」という、可もなく不可もないエピソードを話し始めたので、それを聞きながらティッシュを配り続けていると、今度は60代くらいの咥え煙草のオジさんが寄ってきた。
「玉玉デルはいいよな~!ティッシュくれよ!いっぱい!」
そう言いながら、オジさんはティッシュを3個受け取り、そのまま上機嫌で去っていった。
そのやり取りを横で見ていたさっきのおばちゃんも、「私にもいっぱいちょうだい」と言い、さらにティッシュを3つ受け取る。
満足したのか、おばちゃんは鞄から飴玉を取り出し、「あげるよ~」と言いながら私に黒飴をくれ、そのまま帰っていった。
その後も私は、「パチンコ玉玉デルです~ よろしくお願いします~」と声を出しながら順調にティッシュを捌いていく。
いよいよダンボールに入っていたティッシュも最後の数個になり、それを全て小さなカゴに移した。
「もうこれで終わりか~」などと考えつつ、12だった声量を13に上げて、「パチンコ玉玉デルです~ よろしくお願いします~」と声を出す。
すると、自転車に乗ったおばちゃんが目の前で止まった。
よく見たら、さっき黒飴をくれたおばちゃんだった。
おばちゃんは、「そのティッシュもちょうだい!」と言うと、持っていたカゴのティッシュを全部持っていき、「またね~」と言いながら去っていった。
こうして、私が請け負ったダンボール一箱分のティッシュを全て配り終えた。
ふと時間をみると、30分しか経っていなかった。予定していた時間よりも1時間余った計算になる。
空になったダンボールを畳んで、携帯電話を取り出し、ティッシュを配り終えたことを担当の人に伝えると、少し驚きながらこう言ってくれた。
「え、もう終わったんですか? お給料は1時間半分をきちんと出すので、もう帰っていいですよ。」
任務完了である。
【ティッシュ配り】から【暗黒騎士】へジョブを戻した私は、真っ直ぐに浦和に帰らず、見慣れぬ地ではあるが私を受け入れてくれた街である草加の喫茶店で1杯のコーヒーを飲む。
その日の1時間半のティッシュ配りアルバイトの給料は、往復の電車賃と1杯のコーヒーでほぼトントンといった計算だ。
だが、それでもいい。
きっとパチンコ玉玉デルの新装開店日に、あのおばちゃんが「あのティッシュ配りのお兄ちゃんは今日居ないの?」とホールの店員に質問するのだろう。
スタッフの待合室では、「今日やたらお客が多いのは、謎のティッシュ配りが宣伝してたかららしいよ」と、ちょっとした噂となり、パチンコ業界の偉い大人たちは「あの伝説のティッシュ配りを探せ~!」となるのかもしれない。
そんなことを想像しながら、私は帰りの電車でおばちゃんにもらった黒飴を舐めた。
この日を最後にして、それから私はティッシュ配りの仕事をしていない。
完
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