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【文学フリマ広島7】『見上げる夜空に月がなくとも』試し読み

『見上げる夜空に月がなくとも』
(『抽選で高性能アンドロイドが当たったアンソロジー』より試し読み⑥でです)

https://c.bunfree.net/p/hiroshima07/45310


「――やっと到着っと」

 大陸縦断鉄道の硬い座席しかない三等客車で揺られること約四時間。
 アイリスはようやくステラ・ステラの街に帰ってきた。

 プラチナブロンドのショートカットに碧い瞳の整った容姿。髪の上にはブロンズとレザーで作られた大きなゴーグルを付け、白のブラウスに黒色のスカート、レザーのコルセットとブーツといったこの街ではありきたりなファッションをしている。目立つ点と言えば腰に携えた刀及び鞘だろうか。

(……思ってたより遅くなっちゃったな)

 ん~、と伸びをしながら、真っ暗な空を眺めてアイリスは思う。
 ステラ・ステラの街では昼夜を問わず、永遠とわと呼ばれる大きな蒸気機関が仕事をしており、その煤混じりの煙によって月や星の明かりは届かない。けれど、街中に巡らされたガス管のおかげで至る所にガス灯が並んでいるので夜でも明るくはあった。

 途中の駅で勃発した乗客同士の喧嘩がなければ夕暮れ前には帰れたのに、とアイリスは舌打ちをしながら街の玄関口ともいえる天井の高い駅舎を出る。

(事務所、まだいてるかな……)

 アイリスが長旅をした理由は懇意にしてくれているクイーン商会の社長から、炭鉱近くでのとある依頼を受けたからだ。その報告をしたいのだが、果たして日が暮れても商会事務所は開いているだろうか。

 ガス灯に照らされた大通りを歩くこと少し。

 赤レンガで造られたクイーン商会の建物が見えてきた。その窓からは薄っすらと明かりが灯っているのが見える。ほっとしながら建物に入ると、まだ何人かの従業員が作業をしていた。近くを通りかかった社員に用件を伝えると社長室に行くように言われたので向かう。

「失礼します」
「どうぞ」

 扉を開けると事務机で何か書類に書き込んでいた女性がゆっくりと顔を上げた。ふわり、と柔らかな笑みを浮かべる。

「やぁ。お帰り、アイリス」
「ただいま戻りました、ボス」

 ボス――この女性がクイーン商会の社長であるミオだ。
 年齢は今年で三十一とアイリスより十歳上。だが、アイリスには自分が十年後、彼女と同じ色気や妖艶さを醸し出すことは不可能だろうなと思う程、同性から見ても惚れ惚れするような容姿をしている。
 クイーン商会は彼女が父親から受け継いだ会社で、鉄道事業や輸送事業など手広く手掛けていた。

「首尾はどうかな?」
「こちらです」

 アイリスが机の上でカバンをひっくり返すと、淡く白い光を放っている拳サイズの鉱石が全部で五つ転がった。
 それを見てミオが「ほぅ」と目を細めながらあごに手を添える。

「どうやら上々のようだね。綺麗な星石じゃないか」

 星石は近年突然取れるようになった特殊な鉱石だ。
 どうして採掘できるようになったのか、どのようにして作られるのかなどは一切不明。
 しかし、石炭と一緒に使うことで生成できるエネルギーの質、量を何十倍にも高める効果が認められている。さらに煙に含まれる有毒な物質を浄化する作用もあるときた。今では石炭と同じくらい、いや、それ以上に希少価値のある鉱石となっていた。

「ちなみに、一つと四つでした」
「それは大変だったね」

 星石を採掘する方法は主に二つ。
 一つは他の鉱石や石炭などと同じように鉱山に行って採掘をする方法。だが、星石には決まった鉱山がなく、他の鉱石や石炭を採掘していた際に偶然見つかる場合がほとんどだった。それに見つかったとしても数日に一度程度の頻度であるし、一度に取れるのは二つや三つほどなので、あまり期待はできない。

 そして二つ目の方法。
 こちらは多少の危険は伴うが確実に集めることができる方法だ。
 それは魔獣と呼ばれる石炭を喰らい、炭鉱を荒らす怪物を倒すこと。
 彼らは星石の力で動いているとされており、体内に星石を取り込んでいる。体内にある星石の数が魔獣の強さに直結しているので、強い魔獣を倒せば星石もたくさん獲得できるというわけだ。

 ちなみに今回アイリスが討伐した星石四つの魔獣は、炭鉱に常駐している守備隊では対処しきれず軍隊が派遣されるに強さなので個人での討伐はおすすめしない。

「今回の報酬はこれね。少しだけ色を付けといたから」
「え、いいんですか?」

 受け取った硬貨の入った袋はたんまりと重たい。

「もちろん。それと星石も一つはアイリスが刀に使うといい」
「ありがとうございます」
「礼を言うのは私の方さ。本当に君は優秀な子だよ、アイリス」

 随分と手慣れた動作でウインクをされる。
 これは街の女の子たちにきゃーきゃー言われるはずである。しかし、そんな言動が似合うのもまたミオと言う人なのだった。

「そうだ、アイリス。君が帰ってきたら是非見せたいものがあったんだ」
「見せたいものですか」
「なかなかに珍しい過去の遺物でね」

 

(――続く)


『見上げる夜空に月がなくとも』
蒸気機関が発達した世界で、アイリスは石炭を喰らう魔獣を討伐して暮らしていた。
ある日、依頼主の1人から「珍しいものがある」と見せられたのは過去の遺物である自動人形――アンドロイドの少女。アイリスが彼女に触れた瞬間、動かないはずのアンドロイドが動き出し――。
(人&アンドロイドのバディバトル百合×スチームパンク)

本作の続きは2/9(日)に開催される文学フリマ広島7で『抽選で高性能アンドロイドが当たったアンソロジー』を購入いただくか、後日さしす文庫のBOOTHで販売される電子版を購入していただくと読めます。
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