軽食はいかがですか?【中国語】丹麦甜饼、牛角面包、多士
『三体』を数年かけて読んでいると、中国語の普通の小説がむしょうに読みたくなった。
昔、古本屋で手に入れた大連の文芸誌《海燕》から、巻頭の短編を読んでみた。
今にも降り出しそうなある晩、男が喫茶店にやってくる。パーテーションで区切られた狭い店内に、若い女がひとりコーヒーを飲んでいる。
ジャンルも作風も話の筋もまだまったくつかめないが、なんだかなつかしい、ハードボイルドチックな書き出しだ。
まずわからないのが“丹麦甜饼”。
“丹麦”が「デンマーク」だというのは知っていたが、“丹麦甜饼”とはなにか。デンマークの甘い焼き菓子?
調べてみたらデニッシュ(ペストリー)のことだった。
デニッシュって、デンマークの形容詞形だったのだ!
そのことに驚いた。
うかつだった。
「デニッシュ」って、もう字面と響きからして「みっしりしてしっとりした甘いパン」の雰囲気があるから、デーン人とかデンマーク語のことだなんて、気がつかなかったよ。「デンマーキッシュ」とか「デンマキアン」(注3)とかならすぐわかるのに。
次。“牛角面包”。
“面包”はパンだ。牛肉の角煮のサンドイッチか?牛の角煮マンか?と思ったら、クロワッサンだった。
あの形が三日月じゃなくて、牛の角だというのだ。まあわかるけど、そこはもう意訳でいいんじゃないか。(注4)なぜそこでウシを出す。
次。“多士”。
いかにも音訳っぽい。的士(タクシー)みたいだ。いかにも広東語由来くさい。
do1 si2 に近い音の食べ物ってなんだろう。喫茶店のメニューで、小麦粉ベース。ドーナツじゃないしなぁ。
調べてみたら「トースト」だった。前にアクセントがあるから、「ドーシ」に聞こえたんだろうか。これはわからんよ。
というわけで、なんでもない喫茶店のなんでもないメニュー3つのうち、1つもわからなかった。空振り三振だ。
わかったのは“浓缩”がエスプレッソだってことくらいだ。
しかもどのメニューも本編とはまったく関係ない、たぶん。(注5)
この短編、読破に何週間かかるだろう。
注1. 直訳すると「コーヒー、1杯で十分だ」という意味だ。あちらではちゃんと言っておかないと、2杯目3杯目が勝手に出てくるのだろうか。よくわからないが、ここでは“一杯”を「コーヒー」と訳した。
注2. “多士”(トースト)の量詞は「一份」なのか。「枚」としたいところだが、英語の bread などと同じように、不可算名詞らしい。こういうところは律儀なのね。
注3. 偶然だが、「電気按摩」のアナグラムになっている。
注4. クロワッサンは「月牙形面包」とも言うらしい。牛角よりはこっちの方がいいと思う。
注5. エスプレッソに睡眠薬が入っているとか、トーストに関東軍が残した財宝のありかを示す地図が描かれている、とかいう可能性も、現時点で皆無ではない。