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布袋毘留夫と樫盾桃林とゴクリ(J・R・R・トールキン『指輪物語』)
『ホビットの冒険』のドイツ語版を読んでいて意外だったのは、固有名詞まで訳されていることだ。
例えばドワーフのリーダー Thorin Oakenshield は、ドイツ語版では Thorin Eichenschild となっている。
このファミリーネームは「樫の盾」という意味だ。
日本語では「トーリン・オーケンシールド」と表記されているが、これでは音訳しているだけで、日本の読者にはその意味はわからない。
ドイツ語版の訳し方を邦訳に応用するなら、たとえば「トーリン樫盾」あるいは「樫盾トーリン」などと表記するわけだ。見慣れないので奇妙に思えるかもしれないが、これも翻訳という営みの一つの形としてあってもいい。
いっそのこと「樫盾桃林(かしだて とうりん)」などとしてもいいかもしれない。
ちなみに中国語でどう表記しているのかと思って調べてみたら、なんと「索林·橡木盾」だった。さすがだ。音訳と意訳を見事に使いこなしている。
さらに主人公 Bilbo Baggins(ビルボ・バギンズ)はドイツ語版では Bilbo Beutlin 。Bag も Beutel も袋のことだ。こちらも姓をちゃんと意訳している。
和訳するなら「布袋毘留夫(ほてい びるお)」などどうだろう。
ちなみに中国語版では「比爾博·巴金斯」。苗字の意訳はあきらめたらしい。しかしここに巴金を持ってくるとは、なかなかやるな(誰に言ってんだ)。
ちなみに物を飲み込む音をあらわした Gollum (ゴラム)は、瀬田さんの訳では「ゴクリ」、中国語では「咕噜」と、それぞれの言語の擬音語を当てているが、ほとんどの言語(少なくとも私が読めるアルファベットとキリル文字とハングルを使っている言語)では、そのまま音訳されているようだ。映画化の時に「ゴラム」になってしまったけれど、「ゴクリ」って世界に誇れる名訳だと思う。