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新しい作品を読む習慣がないということ

私は新しい作品を読む習慣がないので、一昨日贈られ昨日読んだこの一冊だけを薦めることにした。(p 54)

水村美苗『日本語で読むということ』(2009)

私は本にせよ音楽にせよ、常にもっと新しいもの、もっとおもしろいものを求めている。

インターネットの恩恵により、もはや無限に時間があっても消費し尽くせないほどの作品にふれることができる。私が消費するよりも何倍も速くすばらしい作品が刻々と生み出され、そこにやがて、というかすでにAIの創作が加わるのだから、とても手に負えない。

一方で、子どものころ、若かったころにふれた作品をくり返し味わい続ける人たちがいる。

そちらの方が豊かな人生なのではないか?という直感はある。

しかし、もしかしたらもっとすごいものがあるのではないか、という誘惑には抗えない。そしてこの煩悩によって実際に数々のすばらしい作品に巡り会えたし、視野と守備範囲を広げることができたのも事実だ。

だが、それでもやはり心のどこかで、同じものをくり返し読み続け、聴き続ける人たちには敵わないのではないか?という不安がつきまとう。

ちなみに水村さんが上の引用で薦めている本とは、ジェーン・オースティンの伝記 Claire Tomalin / Jane Austen (A Life) で、この文章は新潮ムック『来たるべき作家たち─海外作家の仕事場 1998』に掲載されたものだそうだ。

「来たるべき作家」を紹介してくれと言われて、「新しいものを読む習慣がない」と言って、オースティンの伝記を紹介しているのである。

もはやほとんど武士である。


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