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空港エピソードあれこれ


WCHC、と聞いてピンと来るのは航空もしくは旅行業界の方だと思う。
いちおう断っておくけど御手洗いではない。

私はかつて就職の際にOJTのため地方の空港で半年だけ勤務していた。
結局は全く違う部署に配属されたのだけれど、その頃の出来事は今でも時々懐かしく思い出すことがある。


空港ではカウンター業務を中心に、出来る仕事は何でもやらされた。
地方の空港は羽田や成田と違って1つの業務に特化せず、地上の仕事を殆どこなさなければならなかったからだ。


地上職のことを業界ではグラハンとか、略称でKD、KIと呼ぶ。
CAもそうだし、略称や横文字をやたらと好む世界でちょっと面倒くさい。

先述したWCHCとは、Wheel Chair HandiCapの略称となる。
車椅子のお客様をさし、特別なケアを必要とする場合などに使う。


私が初めてWCHCの担当になったのは配属後1ヶ月ほどした頃だった。

ブッキングの時点でリマークされている内容をチェックし、あらかじめ空港内移動用の車椅子を準備しておく。
研修では経験があっても、実際にケアを必要とするお客様のお手伝いをするとなると想像以上に緊張する。


搭乗時間が近づき、車椅子に乗ってカウンターへやって来たのは若い女性、林さんだった。
事前情報で判っていたが付き添いもいない。
おそらく空港まで自家用車かタクシーで来たのだろう。

林さんは慣れた手つきでチェックインを済ますと、自分の車椅子から私が持ってきた空港用の車椅子へほとんど自力で移り、
「お願いします」
車椅子のハンドルを握る私を振返って言った。
飛行機に乗り慣れたお客さまのようだ。

私は持込荷物を林さんへ渡し、目的地の空港でまた乗り換えるために乗ってきた車椅子を畳んでカウンターへ預ける。

「それでは、動かしますね」
空港内を移動し搭乗するために作られた車椅子だから機能優先で、乗り心地はきっと良くないだろう。
細心の注意を払って車椅子を押し始める。

カウンターから2階の搭乗口までは距離にして100メートルもない。
林さんと私は一言も発せずに進んで行く。
私は思いきって話しかけてみた。

「林さま、何かありましたら仰って下さいね」
「はい、大丈夫です」

会話終了。

最近まで水商売のバイトをしていたからお客さんと話すのは慣れていたつもりだったけれど、良い言葉が浮かばない。
状況が違うと、こうも話せなくなるものか。

通路の段差に引っ掛かって車椅子が揺れる。
「あ、すいません」
「お気になさらず」

もどかしい気持ちで専用エレベーターに乗り、車椅子を押しながら搭乗口を通過しボーディングブリッジを渡った。

搭乗用ハッチまで辿り着くとCAさんがお出迎えする。
林さんにようこそ、と笑顔で挨拶すると、チーフパーサーらしいその女性は
「御苦労様です、あとはこちらで(引き受けます)」
にこやかに言った。
林さんも、ありがとうございました、と私に頭を下げた。


ブリッジを戻りながら、どこかほっとしている自分が情けなくなる。

私は林さんに何のケアも出来なかった。

次の機会があるなら、今度は絶対お客さまに気持ちよく旅立ってもらおうとリベンジを誓っていた。





空港では毎日いろんな事件が起こる。

ある日、X線検査場で業務していた時のこと。

出発客は出発ロビーに入る際、金属類を外して手荷物とともに係員へ預け、金属探知機のゲートをくぐる。
空港職員はコンベアに載って流れてくるそれらをX線装置に通過させ危険品等がないか内容物の確認をする。

突然、画像をモニターしていた職員が小さな声で『えっ?!』と叫んだ。

検査装置が停止し、コンベアが逆行し始める。
装置から戻って来たのは、一見何の変哲もないボストンバッグだ。

「持ち主呼んで」

私が持ち主のオバサ・・・中年女性を連れてくると、立会いの警察官も様子を見に来ていた。
職員が、こちらお客さまのお荷物で間違いございませんね、と確認すると、オバ・・・女性はひきつった顔ではい、と答える。

職員がバッグのジッパーを開けると、中から勢いよく何かが頭を出した。

それは、1羽のアヒルだった。

御丁寧にアヒルのクチバシにはテープを巻いて鳴かないようにしている。
ペットの輸送料金をケチった確信犯だと思ったが、そうは言えない。

「お客様、動物は機内持込できませんのでチェックインカウンターで手続きをお願いします」
「はい・・・」

アヒルは狭いバッグから出れた喜びか、羽を大きく広げて羽搏はばたいていた。


X線を通してモニターで見るアヒル。
画面に骨格標本が映し出されるのを見た職員はさぞ驚いたに違いない。






午後の慌ただしい出発便対応が終わり、私は冬の暮れゆく空を眺めながらひと息ついていた。

お客さまのいない、がらんとした出発ロビーで顔見知りの空港警官が見回りしている。
私がいるベンチの辺りまで来ると、お疲れさまと言いながら警官は私の隣に座った。

2人で他愛のない話をしているうちに、どういう経緯か忘れたが拳銃と手錠の話になった。

「それ本物ですよね」
「当たり前だろ」
30代前後の警官は人懐こい笑顔を浮かべる。

「使ったことあります?」
「拳銃は、ないな。手錠ならあるけど」
「へぇ~」

警官は手錠をホルダーから出して
「してみるか」
言うなり、私の左手首にガチャリと嵌めた。

「ええっ?!」
「重いだろ」
「重いです!、早く外して下さいよ!」
「まあまあ、もう少し」

警官はニヤニヤ笑いながら
「本当にされた時のリハーサルだな」
そう言って手錠を外すと立ち上がり、手を振って去って行った。


ローカル空港の昔はそんな悪戯いたずらが許される雰囲気があったのかもしれない。
現在いまそんなことをしたら大騒ぎになるだろう。


手錠をされた過去がある。

それだけ聞いたら引かれてしまいそうな経歴が私の黒歴史に加わった。






OJT最後の日が来た。

私がアサインされたWCHCのお客さまは泉さんという老婦人だった。
同乗の御主人がいて、奥様よりも齢下のように見える。

KDとして締めくくりのお客さまだ。
習得してきたスキルを出しきって終わりたい。


車椅子乗り換えで介助したときの泉夫人はとても軽く感じた。
車椅子で移動する際は気をつけねばと思う。

出発ロビーへ向けて車椅子を押しながら泉夫人へ話しかけた。
「おふたりでご旅行ですか?」
「大阪にいる娘夫婦に会いに行くんです」
夫人は嬉しそうに答えた。
会うのは数年ぶりだという。

「孫も大きくなったと思うので」
お孫さんは男の子で、今年小学校へ入学するそうだ。

泉夫妻がにこにこしているので、私もふだん以上に笑顔になる。

「段差があるので少し揺れますね」
「はい」

私は何度もこの通路を通り、段差のある場所をすっかり覚えていた。

エレベーターを降り、私たちは出発ロビーから搭乗口へ向かう。
御主人は、夫人が数年前から足が不自由になって、今回飛行機へ乗れるのをとても楽しみにしていたと話す。
ぜひ楽しんでいって下さい、と応えた。


ボーディングブリッジを渡ると搭乗用ハッチでお出迎えするCAさんに
「お席まで御案内します」
そう言って私は車椅子を押し機内へ入った。

車椅子の大きな車輪を外せば、ちょうど機内の通路を通れる幅になる。
座席の横まで車椅子を移動させ、御主人と一緒に夫人を座席に移す。

私は泉夫妻の足元にかがんで
「よろしければ、お孫さんへどうぞ」
ギブアウェイの旅客機模型を泉夫人へ手渡し、立ち上がった。

「ありがとう、お世話になりました」
2人は嬉しそうな笑顔で私に会釈している。
私も深くお辞儀して、泉夫妻へ言った。

「いってらっしゃいませ、良いご旅行を」


私はやっと自信を持って最後の言葉を口にすることが出来た。


今日でこの空港から実社会へ私も旅立つ。

夕暮れに飛び立つ旅客機を見ながら、寂しい気持ちと感謝の思いが頭の中で交錯していった。









おぬきのりこさんから託されたバトン企画への参加記事です。
#心に残るあのエピソードをあなたへ


バトン企画の存在すら知りませんでしたが、敬愛しているおぬきさんからのバトンなら、とお引受させて戴き挑戦してみました。

最近は月間2~3記事ほどしか投稿しない遅筆っぷりで締切に間に合うのか心配でしたが、何とか期限内に仕上げられて安堵しています。


残り期間も短いので次へバトンは回しません。


チェーンナーさん、企画を発案・運営して戴きありがとうございました。


★企画について~バトンのつなぎ方~★


※期間は 9月30日(金)まで です

1.記事を書いてほしいとnoterさんから指名=バトンが届きます。

2.バトンが回ってきたら「心に残るあのエピソードをあなたへ」の記事を書いてください。

3.noteを書いたら、次にバトンを渡すnoterさんを指名してください。指名したことがわかるように、指名するnoterさんの一番最新のnoteをシェアしてください。

#心に残るあのエピソードをあなたへ というハッシュタグもお忘れなく

※指名するnoterさんは、最大2名まで。
あまり多いとご負担になりますので、1名か2名でご指名ください。

4.チェンナーさんの下記の記事を埋め込んでください。マガジンに追加してくださいます。

バトンリレーに参加しないときは・・・

1.バトンをもらったけど、noteを書きたくない、という方は、バトンをチェーンナーさんにお返しください。

方法①「チェーンナーさんに返します」というnoteを書いて、上記の記事を埋め込んでください。チェーンナーさんが「心に残るあのエピソードをあなたへ」を書いてくださいます。

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#心に残るあのエピソードをあなたへ


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