『ハリケーンの季節』(フェルナンダ・メルチョール著 宇野和美訳 早川書房)書評
三面記事では時折「一体何がどうしてこんなことに?」とその背景を想像せずにはいられない事件が報じられる。本書『ハリケーンの季節』(フェルナンダ・メルチョール著 宇野和美訳)は、ジャーナリストでもある著者が「ある村で魔女が殺された」という記事を目にしてその真相に興味を持ち、フィクションで追求してみようと思ったことが執筆のきっかけだったという。2017年にメキシコで発表後世界的な注目を集め、34か国語で翻訳され(2023年12月現在)、Netflixで映像化もされている。
舞台は現代メキシコの架空の村ラ・マトサ。工場脇の用水路に浮かぶ死体が発見される。既に腐敗が始まり異臭を放つそれは、村の住人から<魔女>と呼ばれ忌避され畏れられていた人物のものだった。誰も本当の名前を知らず、生い立ちもよく分からない魔女に、一体何が起こったのか?本書は、この謎を複数の人物の視点からの語りで解きほぐしていく。
貧困、ドラッグ、暴力、DV、殺人…掃き溜めのような片田舎で出口のない真っ暗なトンネルを走っているような生が、改行の無い勢いのある文体で描写される。地の文や登場人物の心象に会話や背景音が差し挟まれて「騒がしい」文章が、ここで描かれる世界の猥雑さをそのまま表しているようだ。
読み進めるのが辛い場面もあるが、ほっと救われる場面もある。よろず相談所として社会の底辺にいる人々を助けていた魔女、そんな魔女をせめてきちんと弔ってやりたいと警察に掛け合う女たち、ドラッグ漬けの自堕落な生活を送る青年が身重の家出少女に見せた純粋な優しさ。物語はハリケーンのように、吐き気のするような醜悪さも儚い美しさも全て巻き込んで吹き荒れる。そして嵐が過ぎれば、人は泥で均された下に何があったかなど忘れ、その上にまた何かを建てては壊していくのだろう。
スペース込み763字(20字x 40行を想定)
想定媒体:新聞書評欄
「翻訳者のための書評講座(講師:豊﨑 由美さん)」第6回の課題として書いたもの。800字チャレンジを自分に課し頑張ったので、講座で高評価を頂けて嬉しい。小説を読んだ人からは良くまとまっていると言われたが、読んでいない人が読みたくなるような書評を書くことが今後の課題。
この作品はエグい場面が多々あり読んでいる間精神的にきつかった。が、勢いがあってほぼ一気に読み終えた。これを訳された宇野和美さんは本当にすごい。第十回日本翻訳対象の最終選考対象に入っているのも頷ける。