林真理子「8050」感想

あいも変わらず引きこもっている。夏が過ぎ、秋も過ぎ、冬が来た。このまま、何もできずなにもしないまま春が来るのかもしれない。人生に対して手も足も出ない私の読書記録

林真理子さんの8050を読む。すごく人気の本で図書館で予約してから1年弱待ってやっと順番が回って来た。この予約を待っていた間の1年何もしていないと思うと本当に恐ろしい、自分が。内容は、引きこもりモノ。有名中高一貫校に入学するも、中学途中で登校拒否から引きこもりになった息子をもつ、父親の視点で書かれた物語。ちなみに父親は歯医者。そんなに流行っていない、という設定だけど都内に持ち家(自宅で開業)、奥さん専業主婦、親の介護は必要なしという設定は私からみるとゆとりある暮らし。彼は息子の引きこもりを気にはしているものの目を背け続けてる。しかし引きこもり息子には姉がいて、その姉の結婚をきっかけにいよいよなんとかしなければ、と息子に関わり出す。ここまではまぁあるかなぁという話なのだけど、そのから先は完全にファンタジーだった。どうなるかというと、最初父親は現実を直視することへの抵抗と世間体(姉の結婚相手の家族)の板挟みになっていやいや腰をあげるものの直接向き合う勇気はなく、まず引きこもり専門家の業者へ相談する。業者は口当たりのいいことをいうものの結局役には立たない。しかし、そこで諦めずそもそもなぜ息子が引きこもりはじめたのか、と考えだし原因は中学校時代のイジメにあることを突き止める。原因がわかった父親は当時気がつかなかった自分を責め、息子の自尊心を取り戻し引きこもり解決のためイジメ首謀者に対し裁判を起こすことを提案する。裁判に同意したものの引きこもりつづける息子の代わりに、7年前の息子の同級生を訪ね歩き嫌な顔をされながらもいじめの証言を集め、弁護士を探し、弁護士費用を負担し裁判に持ち込むことに成功する。

もうここまででもすごくないですか。お父さんはスーパーマンですか。歯医者の仕事をしつつ、息子の同級生に聞き込みしいじめを突き止め、そこからいじめの首謀者たちに突撃、なんと息子をいじめていたグループのメンバーの一人が息子が登校拒否になったあと新しいイジメターゲットになり退学していたことを突き止め職場を探し当て面会、裁判時に証言することを迫る!なんとなんと都合よく母親が同時期同窓会に出席し、偶然にも!人情に篤い弁護士を同級生から紹介される!なんとイジメ事件に関わっていた当時の女子高生がボストンで!ジャーナリズムを!専攻し正義感溢れるまっとうな行いをしなくてはいけないという気概を身につけており、証言のためアメリカから!駆けつける。裁判は相手の卑怯さにより泥仕合に終わるかと思いきや弁護士の機転により閉廷間際に!イジメ首謀者の卑怯な言い分を覆す新証言が劇的に!メールで届き勝訴!

この流れの中で父親と母親は長年見て見ぬ振りをしていた息子の引きこもりに向き合うことで長年見て見ぬふりをしていた夫婦の問題にも向き合うことになり、最終的に関係を清算。清々しく離婚。父親は専業主婦の妻の今後の生活のため出来る限りのことをすると約束する。姉は弟の引きこもりの件で相手の両親から一時反対を受けるも、交際相手は家を飛び出し姉と同棲、結婚へ。さらになんとなんとなんと相手の実家は政治家の家系だったという後出しジャンケン、最後には頼りない?夫に代わって姉が国会議員に立候補!なんの地盤も経験もない会社員だったのに!弟の引きこもり問題のなりゆきを見ていて社会正義に目覚めたという説明。

転生したらスライムだったよりもっとすごいファンタジーと思うのは私だけでしょうか?

この物語は父親の物語なので当事者である息子は心中の描写もほぼなく脇役のようなもの、彼は作中自分自身の意志で変わることができず、物語終盤まで走り回る父親をよそに自室の扉の内で息を潜めているだけである。扉の外に連れ出そうとする両親に対し家庭内暴力はあるものの対話ができない、もちろん原因であるイジメ首謀者に対しては自分からは何もできない。最終的に(色々あった末だけども)そんな自分自身に追い込まれるように自室から飛び降り!奇跡的に一命を取り留める!ものの車椅子になってしまう。しかし、そこでようやく覚醒し裁判で立派に証言台にたち、そのことで自信を得て物語の最後ではリハビリ病院にいくから賠償金を俺にくれよ!お父さん!というところでめでたしめでたしである。

うーん、こんな父親がいたらいいなドラえもん、である。歯医者という立派な職を持ち、自宅で運営する医院を維持し経済力もあり、時間はかかったものの息子と正面から向き合い、息子の心の傷に気がつかずいたことを自身も反省し、刑事のように当時の同級生にいじめの詳細を聞き込みし事実を聞き出すコミュ力があり、息子の受けた仕打ちを知り涙し憤る人間らしい想像力をもつ、所詮子供達の間の諍いだからと傍観者になることなく息子に味方し、7年前のことだからなぁなぁにせず正面切って裁判で立ち向かおうと自ら動きだし弁護士を探し、費用を負担する。これを毎日の仕事と両立する。私も含めていじめにあった時両親どちらにも助けてもらえなかった人、学校どころかむしろ両親にもいじめられてたわ!家庭でも!という人。親が自分に甘えて来て助けてもらうどころか自分が両親助けてたわ、という人。こんなヒーローみたいな父親、本当にいたらいいですよね。

しかも林真理子先生は結構厳しくて、作中では別にヒーロー感もないのである。むしろ父親がここに至るまで妻や子供の気持ちに無理解で思いやりのなかった面、妻や子供達を表面上しか見ようとせず鈍感な男であった点などが結構書かれている。林先生は中年の男の人には厳しいのかな。視線が。両親という意味では母親も同じくらい責任があるだろうが(いじめに気づかないとか引きこもり解消に対して具体的に動かないなど)母親は終始父親に対する被害者ぽいかんじ?鈍感な夫に傷つく妻、みたいな立ち位置にある印象だった。最後は離婚だしね。もちろん離婚は悪くない、でも子供の問題に対して夫婦で向き合うっていうのはやっぱりファンタジーの中ですら難しいのかなと思った。

逆にリアルだな、と感じたのはきっかけ。両親はお金にゆとりがあることもあって引きこもりを見過ごしているが、姉の結婚にあたって世間体を取り繕わなくてはという「必要性」にかられて物語が動き出すのである。これはあるよねぇ、お金のあるうちだから余計にねと思う。お金がなくてもなにはおいても「世間体を取り繕う必要性」っていうのはものすごく日本人を動かすよね。しかし、この「世間」には家族は入らないのかな家族の中だったらとか家族だから許される、みたいなふわふわしたものってなんなんだろう。

まとめとして、すごく気持ちよく読んだ。やっぱり物語は勧善懲悪。しかも親がヒーロー。読んでて気持ちがいいよね、読み終わって本を閉じるとあれっ?でもうーん、こんな親いないよねぇ、こんなスムーズに裁判いかないよねぇ、など疑問がでてくるけど。それにしても息子って飛び降りる必要あったのかな?まだ20歳くらいの設定なのに、引きこもりからの脱出ってそれくらいのインパクトがないと、と林先生は思ってるのだろうか。それとも、これは妻の問題解決のために加えられたストーリーなんだろうか(作中ではこの飛び降りが決定打になり夫婦は離婚する)。あと、ボストン帰り!の女子大生は林先生の希望なのかなと感じた、若い人がこんなふうに育ってくれれば、という。しかしそのためには日本の中では社会正義に目覚めることはできなくてあくまでもアメリカなんだね。。。

つらつらっと思うことを書いた。他の人の感想も聞きたいなぁと思いました。

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