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母の良心

良心(りょうしん)とは、自身に内在する価値観(規範意識)に照らして、ことの可否ないし善悪を測る心の働きのことである。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)

認知症と診断されたばかりの頃、母はとても荒れていました。

自分でも、どんどん忘れておかしくなっていくことが不安で、騒ぎ立てることでそのどうにもならない気持ちを吐き出していたような気がします。

ただ、そんな時にも母にはちゃんと良心がありました。

どんなに騒ぎ立てていても、私が「ばあちゃん、仕事に行ってくるよ。もう行かないと遅刻しちゃうからね。」と言うと、「うん。」と急におとなしくなるのです。
(それでも心配で職場から電話すると、騒ぎ立てたことなどすっかり忘れていましたが)

また、ガラっと戸を開けて何かを訴えようとした時に、私がアイロンをかけたり料理をしていると、一瞬ひるんだようになり、言葉を飲み込むのでした。
きっと、そこにはまだ母の良心があって、邪魔してはいけないと思ったのでしょう。

母は若い頃に裁縫を習っていたからか、私がミシンに向かっている時にそれが顕著に表れたのです。

その頃、母の荒れる姿に辟易としていましたが、ある日それに気が付いた私は「とにかく何か縫っていよう・・・」と、必死にあれこれ手作りしていました。

ちょうど買い物袋が有料になったという事もあり、百均の手ぬぐいで大量にエコバッグを作っては、周りの人達ににあげていました。

写真はその一部です。

決して裁縫が得意な方ではないのに、休みの度に縫っていたなぁ・・と懐かしい思い出になるほど、現在の母は落ち着いています。

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