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お茶でもどうぞ|2025.1.20日記
昨晩なかなか寝付けなかった。
昼寝をして目が冴えているのか、『ホットスポット』が面白すぎて興奮しているのか。
とにかく最近とても眠いので、よく寝る。
今日は大寒らしいが上着がなくてもあたたかく、なんならお日様の光が眩しくジリジリ肌が焼けて暑く感じるくらい。
まだ年明けて間もないが、三寒四温。
雨が降るたびに春がかなり食氣味に手招きしているように感じる。
花を摘んでいるとき、束ねるとき(耳を澄ませているな)と感じる。
特に花を摘む時は、花から“摘み頃ですよ〜”と声を掛けられているようにも感じるようになってきた。その花の声に耳を傾けているのかしら、とも思う。
1年前の昨日、永遠の最強かっこいいロックンローラー、チバユウスケの献花の日だったそう。
わたしは当日出向いてないが、献花された花はガーベラだったそうだ。
わたしは今、花を摘んでいる。
それは、仕事でもあるけれども、いのちに触れることができる、喜びでもある。
生きていても、この世に存在していなくても、花を人へ手向ける、贈る・贈られるのは喜びからなのではないかと感じる。
逢えないことは寂しいし、Liveステージでマイクスタンドだけが立っているのをみると哀しみが込み上げるけれど、今でも作品からチバユウスケの感覚的で詩的な、彼ならではの世界にふれることができることは、しあわせなことだと感じる。
その人にしかない感覚、感性、世界にふれた時、わたしの内がふるふるとふるえて、地響や音が鳴り、透明な温度や色を感じる。ボーダーラインが滲んで消える。
わたしの内でより鮮明に、生き続けている。
起きて早々、(今日は、あのどら焼きあるかなぁ)と、お茶時間やお茶菓子のことばかり考えている。最近ちょっときになりかけている、街のどら焼きはなかったが、赤子の腕や脚のむっちり感がある、栗ういろうをみつけた。
黒文字と柚子の皮茶と合わせたら、むちむち栗のほっくり素朴な甘さと、お茶の清涼感とのコントラストが素晴らしかった。
昨日の記事でつらつらと書き連ねたのだけれど、こんなことを四六時中感じたり考えたりしていると、自分に集中できるけれども息が詰まりそうになるので、氣に留める、意識するくらいの感覚でいます。
結局昼寝をして夕食を簡単に済ませて、とっておきのお菓子を家族と頂いた。
今はお茶とお茶菓子があると、ほっとするし、着地する。
今日もますます、ごきげんな一日を⚪️
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