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人生で失敗したことはあるだろうか。その判断はいつくだすのだろうか。人生が続いている限り、その選択がどこかで吉と出る可能性が残されているのだろうか。

心に残る後悔がある。

長いことキャパオーバーで働き続けてきて、もうあんな状態では働きたくないと思っていた。極端に怖がりになり、仕事の話をもらっても、今ある仕事を丁寧にやりたいからと断っていた。初めての仕事で、その仕事を仕上げるのに、どれくらいの時間や労力を要するのか、予測することができなかった。受けてしまって先方に迷惑をかけてしまうことが嫌だった。自分自身の余裕がなくなった状態で働くことも避けたかった。

独立したら、もらえる仕事は拒まずやろう。

そう、教えられることがある。そうだよね、そうなんだけど、そこまで頑張れない。仕事に溺れてしまうことが怖い。ずっと溺れていたから。

逃げ道を探してみる。もう独立したばかりじゃないから。事業を大きくしたいわけでもないから。稼ぎたいわけでも、仕事をたくさんしたいわけでもない。逃げ道の言葉はたくさん出てくる。でも、なんだか悔しい。

「余白が大事」と言いながら、余白を埋めたがっている、うおおおっと密かに苦しみを求めている自分が、まだいるのではないか。アクセルを踏みたがっているのか、どうなんだ。

できることなら仕事の幅も広げてみたいし、もっと難しい仕事もしてみたい。新しい仕事にもチャレンジしたいし、経験を活かせることだって求められるのならやりたい。好奇心に任せて受けていると、いつの間にかパツパツの状態になってしまう。身体はひとつしかない。

だからこそ、譲れないことを決める。どう働きたいかの前に、どうありたいか。どうして会社を辞めたのか。なにを楽しいと感じ、なにに喜びを覚えているのか。いま、どういう状態? 自分を観察する。

どこにお金と時間を使うのか。早すぎるのかもしれないけれど、こうなったらいいなあで書いておく。今、手応えを感じることができなくても、今ここが未来をつくっていく。振り返れば、いつもそうだ。

書くことで自分を観察し、進んでいく。


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