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個人の努力がないがしろにされる時代
高度に発達した現代文明を生きる私たちは、生活に必要な一部の機能を外部に委託することによって、自分で実施するよりも高いパフォーマンスを発揮することができます。
それは逆に言えば、個人が一生懸命に努力して身に付けた技術や知識も、外注した方が投資対効果が高く、個人の努力は報われない時代でもあるということです。
例えば、何年もプログラミングを勉強して自分でコードを書き、不便だと思っていた事務作業を自動化させる技術を身に付けていたとします。しかし、現代は生成AIがリリースされたため、自分でコードを書くよりも素早く質の高いコードをAIが自動で生成してくれます。
また、株式投資の世界でも、企業分析やチャート分析などを熱心に学んで株式取引を行っていたとします。しかし現代では「インデックス投資」という、数学的に最適解である投資手法が既に確立されています。
インデックス投資は主要な指数に連動するよう運用努力をしているファンドに積み立てていく投資手法で、プロの機関投資家でさえも、この指数を上回ることは難しいと言われています。そのため、熱心に株の勉強をしながら投資をするより、余計なことは何も考えずにインデックスファンドに定額を積み立てて放置しておくことの方が、高いパフォーマンスを発揮することができてしまいます。
これらはもっと身近な例でも同様のことが起こり得ます。
節約志向を持ち、自炊をするために料理の勉強を始めたとします。魚を三枚におろしたり、フライパンを振って肉と野菜を炒めたり、食材や調味料の分量にも気を使いながら、毎日貴重な時間を削って一生懸命料理をすることになるでしょう。
しかし、努力の甲斐もあって、自炊する料理が少しずつ美味しくなってきた頃に、スーパーで売っている冷凍食品を試しに食べてみたところ、圧倒的に冷凍食品の方が美味しかった。こういった事実は、残念ながらよくある話だと思います。
考えてみれば、冷凍食品は食品のプロが試行錯誤して開発したものです。それに対して素人が節約のために料理をしているだけで、その味を上回ることなんてそう簡単にできることではありません。
それでは、仕事や生活に必要なことは、何でもかんでも外部に委託すればいいのかというと、そういうシンプルな話ではないのだと思います。
プログラミングを勉強することでコンピューターがどの様に機能しているのかを学ぶことに繋がります。普段から使用するものの仕組みを知っていることで、何かトラブルが起こった時に対処をする方法を考えることができるようになります。
個別株投資を行うことで、投資する企業の情報を自ら徹底的に調査するようになります。財務状況から企業の強みやブランドまで、更には将来の政治や経済状況から投資する見込みがあるのかどうか、それら全てを身銭を切って考えることに繋がります。この思考力はインデックス投資を放置しているだけでは身につかない能力です。
料理をすることで食材や調理法についての知識がつきます。スーパーで毎日食材を選んでいることから、自然と食材の市場相場もわかるようになります。そして、自分で作ることで食材への有難みが大きく増えることにも繋がります。
外注することで代替される過程も、自分で行った場合は知識やスキルといった形で自分に帰ってきてくれます。
そして何よりも、プログラミングも株式投資も料理も、自分の手を動かして取り組むことに「楽しさ」を感じることができる点が重要です。
努力がないがしろにされてしまう現代であっても「楽しいからやっています」という理由だけあれば、取り組んでみる価値はあるのではないでしょうか。