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痩せ薬の次は何か?|人類の進歩と複雑な欲望
世の中はAIブームの真っただ中で、投資をやっている人はAIや半導体、Appleやテスラなどのハイテク株をこぞって買い増して、どんどん資産を増やしている。
これをバブルだとみる人も少なくないが、テクノロジーの未来を考えるとバブルの側面はありつつも、成長が鈍化することはなさそうだというのが個人的な予測ではある。もちろん未来がどうなるかはわからないけれど。
だから株に関わる情報は割とハイテク系ばかりで埋め尽くされている感じがする。「このビッグウェーブに乗らないなんて馬鹿らしい」と言われている雰囲気さえあるんじゃないか。
そんななか、大手テクノロジー企業に肩を並べるほどの株価急上昇を果たしている製薬企業がある。イーライリリーだ。
2020年に120ドル程度を推移していた株価が2025年に入ったところで800ドル前後にまで急上昇している。6~7倍に膨らんでいるわけだから、仮に5年前に思い切って100万円をイーライリリーに一括投資していたら、600万円以上の利益を得ていたことになる。
トランプ大統領当選で更なる急上昇を果たしたテスラと比べてみても、そこまで遜色はないレベルだ。テスラは2020年中に急上昇をしており、2020年初旬には40ドル前後だったが、2024年末を過ぎて一気に400ドルを超えている。
テスラのニュースはイーロン・マスクの動きも注目されることもあって大きく報じられるけれど、イーライリリーの急上昇はあまり知らない人が多いんじゃないか。
この会社は何を成功させて急上昇したのかというと、瘦せ薬である。
このやせ薬は、ホルモンに働きかけてインスリンの分泌を促す新しいタイプの肥満症薬で、血糖値を下げたり、食欲を抑えたりする作用がある。
これだけ食うに困らず美味いものだらけの現代社会で忙しく働いていれば、ついつい食べ過ぎて太ってしまう人が大量に現れるのはすぐにわかる。そんな現代病に対する処方箋なわけだ。
もちろんフィットネスなどで対策することもできるが、人間は弱くて怠惰な生き物なので運動をするには一定の意志の強さと習慣化する能力が必要だ。
だけど瘦せ薬があれば、それを飲むことで生活習慣病を予防することができる。これは確かに画期的で社会的なインパクトも莫大だと思う。
こうして考えてみると、人類が発明する製品は終わりがないほど進歩をしていると思ってしまった。
つい数十年前までは「一度でいいから腹いっぱい定食を食べたい」といった価値観を持ち、誰もがその気持ちを糧に豊かになろうと必死だった。しかし、わずか数十年で「食べ過ぎてしまうから痩せ薬を飲む」といった時代に進化したのである。やはり欲望を原動力とした資本主義は凄い。
さて、それでは「瘦せ薬」の次に来るのは何か。もはや何でも解決できる時代が来てしまいそうな勢いだが、どんな生活習慣を製薬企業は解決してくれるだろう。
がんにならないタバコか、それとも肝臓への負担がゼロのウイスキーだろうか。
ただ、そう簡単なものではないと思う。痩せ薬についても、食べても食べても太らない薬というわけではなく、そもそも食欲が減衰する薬なのだ。
だから「がんにならないタバコ」ができるわけではなく、タバコを吸いたくなくなる薬ができると思う。「飲んでも飲んでも肝臓に負担がない酒」ができるわけでなく、酒を飲みたくなくなる嫌酒剤ができるだろう。
つまり、痩せ薬の利用が一般化したとしても、「食べる」ことに執着してしまっている人はそもそも瘦せ薬を服用しないと思う。ノンアルコールビールが存在するにも関わらず、ビールを飲む人が多数いるのと同じ理屈だ。
人は自分にとって「毒」であるものを敢えて摂取する傾向があるんじゃないか。
人類の進歩は目を見張るものがあるけれど、人間の複雑な欲望はまだまだ奥が深く全てを解明することはできない気がする。