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第2回 多国籍組織の共通言語(後編)

メルカリでは業務上、日本語と英語が使われていますが、自分の発話を相手の理解度に合わせて調整して運用する「やさしいコミュニケーション」というユニークな取り組みをしています。
どちらかの言語に一方的に合わせるのではなく、「お互いが歩み寄る(meeting halfway)」というコミュニケーションのマインドセットが従業員の基本的なスキルセットの一つになっており、言語教育プログラムに組み込まれています。その考え方は藤原先生の研究分野でもあるEnglish as a lingua franca(ELF, 国際共通語としての英語)の考え方とも通底します。
対談後編はそのあたりにも踏み込んでいきます。

 (前編はこちら


◆心理的安全性と言語の保証

藤原:一時期World Englishes(※1)やELF(English as a Lingua Franca)(※2)の話をすると、「道徳の話ですか?」という反応をされることがあった。「やさしいコミュニケーション」もそういう印象を持たれがちじゃないですか?

親松:はい。「やさしいコミュニケーション」という名称がどうしても道徳的なイメージを醸してしまいますね。メルカリの「やさしいコミュニケーション」が生まれる前から、「やさしい日本語」(※3)という概念があり、知名度もあった。当時は、「やさしい日本語」は私の考えた独自のアイデアではなく、ちゃんと裏付けがあり、それを活用したものなんだということを伝えたくて、「やさしいコミュニケーション」と呼ぶことにしたんですけど、やっぱり「いい話」になりがちですね。「優しくしないとね」とか、そういう話になってしまう。それも大事だけど本質ではない。

藤原:道徳的な価値ではなく、コミュニケーションが円滑にいけば、結局ビジネスもよくうまくいくというのはあると思いますね。世界から人材を獲得していく上でも有効ですよね。

親松:その通りです。Googleの研究で、心理的安全性が保証されているチームは、生産性が高いというデータがあります。高いパフォーマンスが求められつつも、それに対する各自の意見や行動がジャッジされない状態、厳しいけれど、恐れなく意見が言えるような環境が保障されているのは、心理的安全性が高いと言われている。
その心理的安全性の保障と言語使用は関連していると私は思っていて、会社のトレーニングの中でも、心理的安全性を高く確保するためには相手の意見の質を言語のレベルでジャッジしないということを伝えています。相手の日本語にちょっと違和感があったとしても、そこをジャッジすることが本質ではないし、その人が本当に言いたいことは何なのかを探っていく。道徳の話ではなく、ビジネスの成功の為には、これは大前提なんだというのはしっかりと伝えていきたいと思っています。

藤原:確かに。多様な人たちのポテンシャルを生かすためにも日本語と英語を中心にしつつ、いろんな言語の可能性も踏まえ、その人たちの存在自体を認めないといけないと思いますね。誰もが言いたいことの言えるような、そんな言語環境の構築はとても重要ですよね。

親松:はい。そのためには言語教育は英語と日本語だけじゃなく、「やさしいコミュニケーション」を加えた3つがセットである必要があるんです。

◆評価基準の軸を「正しさ」から、「コミュニケーションの成否」へ

藤原:ELFなどの研究でも、相手にとってわかりやすい表現をもっと使わなきゃいけないという話はずっと言われていますが、なかなか一般的なところまで広がっていない。
例えば英語でうまくコミュニケーションが取れないときに、なぜか自分の英語力が不足しているからだと感じる人が多いのですが、コミュニケーションの責任は使用言語や状況、相手に関わらず双方にあるはずなので、自分の英語力だけを責めてしまうのはおかしい。

親松:ある程度のレベルまで行っても「まだできない」という自己評価になっている人は多いですね。レッスンに依存する人がけっこういるんですが、レッスンじゃ解決できないことっていっぱいあるはずなんですよ。個人的にはB2判定を受けたらレッスンは一切なくてもいいと思っていますが、B2でもまだ粗いところがあるからC1レベルになってほしいとか、そういう要求になってしまう。相手の言語レベルに対してちょっと疑問が生じた時に、もっと上達させてほしいという要求になってしまうのはどうなのかと。

藤原:一つ提案ですが、ネイティブを含めた全員に「やさしいコミュニケーション」のテストをするというのはどうでしょう。日本語母語話者も日本語でコミュニケーションする際に、適切に言語調整ができるかどうかを評価し、それを人事査定にも使う。
テストって非母語話者が受けるものとされていて、基本的に全て母語話者に合わせている。想定する対話相手はすべて母語話者であって、発音も文法も表現も母語話者に近ければ近いほど良いという扱いです。ただ、これは相手が母語話者だった場合に限り有効であって、現実は必ずしもそうではない。母語話者の正しさ重視の言語テストから離れて、コミュニケーションの成功度合いに焦点を当てた評価を取り入れてもいいんじゃないでしょうか。
ケンブリッジ英検のスピーキングテストは同じくらいのレベルの受験者がペアになってやり取りをし、それを評価するという方法を取っていますが、非常に珍しい。ほとんどの試験は試験官と受験者が1対1で行いますよね。そのほうがブレがないですから。受験者同士のペアだと相手によってパフォーマンスが変わる可能性がある。それは確かにフェアじゃないかもしれないですが、お互い違う背景を持った話者同士でやり取りをする能力は、いわゆる「ネイティブ・スピーカー」との1対1のやり取りでは測れないです。

親松:その考え方、すごく大事だなと思います。テストでのレベルがB2になることがゴールではなくて、他者との関わりの中で必要に応じて複数の言語でコミュニケーションができる道具が増えていくことの価値というのは、見える化していきたいですね。使用場面に対して評価できる仕組みはあったほうがいいなと思います。

藤原:国際的な企業の場合は、いろんな人たちがいろんな言語を使う世界で生きているわけですから、もっと多様なコミュニケーション能力の側面を見て評価していくべきですよね。
英語教育でも習ったことをできる限り多く使って、すべてにおいて能力を高めていけばいいというふうになっていますが、対話者に応じて表現を調整するというスキルは、英語教育の授業の中でもやっていかないといけないなと思います。
そのためには、相手の言語能力を的確に理解するって事が大事ですよね。相手がどの程度の日本語がわかり、どの程度の英語がわかるかということを各自が理解できているとスムーズですよね。

親松:そうなんです。メルカリ社内ではCEFR(※4)の指標を使い始めてからそれが一定程度機能し始めているなと感じます。言語レベルも人事情報なので勝手に開示したりはしませんが、自己開示が上手い人は「私は英語A2なので、この種類の会議で議論するのは難しい」と言える。そういう手段として相手がA2ならこんな感じなんだなというのが分かる状態は有効だなと思います。
ただレベルだけが独り歩きしていくことは避けたいので、Can-doステートメント(※5)でA2の人ができること、B1の人ができること、というのをメルカリの文脈で表現できていないといけないなと思い、リストを作っています。できること、できないことの認識が合っていると会議でのお互いの振る舞いも変わってきますし、そういう環境を今後も作っていきたいですね。(終)

※1 World Englishes:英語には複数の種類があるという概念から生まれた言葉。英語の多様性を認識し、単一の標準形ではなく、異なる地域や文化で発展したさまざまな英語を包括的に考察し、異文化間の相互理解を促進することを目指す。

※2 ELF(English as a Lingua Franca):「国際共通語としての英語」。第一言語の異なる話者たちがコミュニケーションする際、共通言語として使われる英語のこと。コミュニケーション参加者は異なる文化や言語背景を持ち、様々な英語の変種を使用する中、コミュニケーションを円滑に進めるために、言語やコミュニケーションスタイルを調整する(accommodation:歩み寄り)などの特徴があり、母語話者にも発音や語句選択、表現などを工夫して話すことが期待される。

※3 やさしい日本語:日本語を母語としない人など、日本語でのコミュニケーションに困難を抱える人のために、使う語彙や文法、情報提示の仕方などをわかりやすく調整した日本語。災害時の情報発信や医療現場、行政の情報伝達などさまざまな場面で活用されている。

※4 CEFR:Common European Framework of Reference for Languages: Learning, teaching, assessmentの略。欧州評議会が発表したもので、外国語の運用能力を示す国際的な指標としてヨーロッパを中心に世界の多くの言語で利用されている。言語を使って何ができるかという基準でA1、A2、B1、B2、C1、C2の6つのレベルに分けられており、異なる言語を共通の基準で評価できるという特徴がある。

※5 Can-doステートメント:その言語を使って具体的に何ができるかということを記述したもの。各レベルに応じて「~できる」という形式で示される。学習の目標になると同時に、熟達をはかる基準としても使われる。


【関連書籍】

これからの英語教育の話をしよう
藤原康弘・仲潔・寺沢拓敬 編 ひつじ書房

今回の対談で出てきた「ネイティブ信仰」の問題点や、国際共通語としての英語(English as a lingua franca, ELF)の視点についてさらに知りたい方へ。英語教育の視点から日本語教育を捉えなおし、当然視されている言語教育観を問い直すきっかけになる1冊。




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