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光徳小舎三代の流れ(100年の自画像)(原文)⑤

学習院大学山岳部 昭和36年卒 熊野將

我らがハイマート(その3)


 「日光町役場で米、味噌、醤油、砂糖、木炭の配給手配を行う」とか「食事もそろそろカレーライス程度になってきた」など。 あるいは、「牧場のミルクもそろそろ不自由になり、湯元の旅館も不便になる」などの記述が続く。 それでも苦心のメニューとしてコンソメ、オードブル・サーディン、ベークドポテト、インディアンカレー、マッシュドミルクポテト、ベークドトーナス、ソース・ナス・ジャパネスク・キャベジドサラダ、トースト、フルーツ、ブラックティ、カフィ、ウィスキーと名前負けしそうな、しかも内容が想像できるような苦労がしのばれるメニューが並ぶ。

 いかに学習院といえども時局の切迫にはここにも及び、「小舎内、箸もなくなり皿。 茶碗が半分くらいと破損が多く、整理が悪くなってきた。 自分たちだけでなく、皆が楽しめるようもっと協力しようではないか」あるいは、「道具が悪いのではない使い方の問題(中略)贅沢は止めろ、非常時にめざめよ」などなど。 このような時にもまじめに合宿を行い、学徒動員の前に再び来れるかどうか判らぬ身をもう一度と。 この我らがハイマートの雰囲気を懐かしむ文が数多く見られる。

 「十数回目の、又これが最后かも知れない懐かしい山小舎に現れた。 この小舎は中二のスキー以来中三の合宿ではリーダを務めるなど、スキー、山行、独特の小舎生活にと俺の安息所であり、第二の家でもある。 この七年間変わらぬ小舎であって、時勢は未曽有の超非常時になり、舟橋と共に土浦航空隊に行くことになった。 三重には既に三井もいっている・(中略)又平和が来り、無事生還できたら諸兄と共に登り、共に唄い、わめき踊りたい。 (中略)後輩よ、ガンバレ、後を頼む。山小舎よ有難う。今后も健やかに」と、これもその内の一つ。

(※)光徳小舎
山岳部では設立時から「舎」という文字を使っている。現在正式には「学習院光徳小屋」です。このエッセイでは、執筆者(故人)の考えを踏まえて敢えて「舎」で統一いたします。

「光徳小舎三代の流れ(100年の自画像)(原文)④」から

「光徳小舎三代の流れ(100年の自画像)(原文)⑥」へ

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