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光徳小屋の思い出(100年の自画像)①

学習院大学山岳部 昭和47年卒 秦野郁郎(山桜会小屋係)

 昭和四十三年に入学、高校時代にワンダーフォーゲル部に所属したことから、なんとなく山岳部の部室廻りをうろうろしていて勧誘を受け、深く考えることも無く入部してしまった。 歓迎会を奥日光光徳小屋で開いてくれるとのことで、その五年ほど前に中学校の修学旅行で行ったことを思い出しながら先輩の後をついていった。

 初めて見た光徳小屋は驚きの連続であつた。 電気が無く、暖房は薪ストーブで裏の水原から引き込んでいる湧水が台所の隅の瓶にあふれていた。 照明は石油ランプであった。 トイレはもちろんポッチャントイレである。 曲がりなりにも綺麗とは言えない光徳小屋であったが、いやだと思ったことは無かつた。

 生まれ育った南房州の生家の三十年代とあまりかわらないという気持ちが光徳小屋係りの虜になる源泉だったのだろう。 東京に戻りさっそく練習に参加しながら四月の連体に雪の剣岳に登ると聞いてもまるで実感が無い。 伊豆の山並みや丹沢・奥多摩界隈の無雪期に稜線を歩いていた程度の私が、一ヶ月後には十メートル近い積雪の剣岳にチャレンジである。

 黒部ダム右岸を谷底まで下り黒部川を渡って内蔵助平で一泊。 翌日、別山乗越を越えて剣沢の真砂沢にテントを設営しベースキャンプを張った。 一年生は、早速食事の準備と鋸を持ち出し周りにある十㎝位の大さの枝を片瑞から一メートル位に切り出した。 それを雪原の風の少ないところに敷き締め、その上に土筆のごとく無数に出ている小枝を集めて雪上でたき火を始めた。 樺の森に十メートルからの雪が積もりその上に今いるのだ。 翌日から雪上訓練が始まり何日か後には間違いなく剣岳の頂上に立ち、帰りは尻セードであっという間にキャンプまで滑り降りていた。

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