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「短編小説」出来そこないの死神 【まくらさん共同マガジン企画】

「因果な商売についちゃったよな…」
ビュービューと冷たい風が吹き荒ぶ古い病院の屋上でレオは煙草をふかしていた。
デコボコになったむき出しのコンクリートの床が建物の古さと朽ち落ちていく物の哀愁を感じさせる。
此処は旧病棟ビルで、もうすぐ取り壊しが決定している。入院患者達は新しいビルの方へ既に移転していて、後は事務関係の書類を運び出す段になっていた。
だから、煙草を吸っても文句を言う奴はいない。
いや、その前に俺の姿が見えるのは、これから「死の宣告」を行う人間しか居ないだろう。よほどの霊感を持った者でもない限り、俺の姿は見えないらしい。

冬の夕暮れは早い。それに今日は曇りだ。
薄暗くなっていく空を眺めながら、レオは灰色の煙を吐いた。

俺の商売は死神。
神は神でも崇高な神ではなく、疫病神や貧乏神のように忌み嫌われている下級ランクの神だ。
何故、死神なんてやっているかって?
それは俺にも分からないんだ。死神になる前の記憶が俺には全くない。死神の仲間達も、それは同じらしく誰も過去を語ろうとはしないから、誰も尋ねようとはしない。

死神にも等級やランクがあるらしい。
死神見習いの時の仕事は楽だった。90過ぎの爺さんや婆さんの枕元に立って
「そろそろお迎えが来ますよ」
と囁やけばよかった。彼らは、素直に俺の指示に従って眠っているまま安らかにこの世とサヨナラをしてくれた。
大往生だと家族の嘆きや悲しみも少なかったから、
俺の罪悪感も最小限で済んだわけさ。

で、今日という日が来た。はっきりと告げられた訳じゃないが、どうやら今日は俺の「死神」最終試験らしい。
腕時計で時間を確認する。
この仕事は「正確さ」を要する。あの世へ導くのに時間のズレが生じると此の世の歯車が少しづつ狂い始めるそうだ。
だって、そうだろ?
あの時、坂本龍馬が暗殺されなければ…
ケネディが撃たれなければ…と思った事はないかい?ほんの少しのズレで歴史が変わってしまうかもしれないと思うと俺の仕事も責任があるんだなと誇りではない、微量な安らぎに救われるんだ。
でもさ、俺はただの死神で殺し屋じゃないんだ。
ターゲットが確実にその時刻に死んでくれるかを見守るだけが、今の平々の死神の俺の仕事さ。

16時35分
暗くなった屋上にターゲットが現れた。
紺色の制服を着て髪はポニーテールに束ねている。
16歳から18歳か。
これは嫌な仕事だな…
蒼白い顔をしてうつ向きがちに真っすぐにビルの金網に向かって歩いて来る。
瞳は充血しているが、泣いてはいなかった。
「やぁ」
つくづく間抜けだな、俺は。他に掛ける言葉はなかったのか。
ビクンと震えてから少女が俺の方を向いた。
「邪魔しないで」
やっぱり、この娘か。俺の声が聞けて俺の姿が見えている。

あっ……
その時だった。
俺の頭が何かを思い出そうとして急速に動き始めた。
ぐるぐる、ぐるぐる 
目がまわる。酷い頭痛だ。
なんだ、これ!

「美鈴」
気付くと俺は彼女の名前を呼んでいた。
「何故、私の名前を?」
「俺にも分からない、でも口から出たんだ」
「止めないでね」
ああ、もうじき此処から飛び降りるんだろ。
何もかも知ってるよ…
美鈴、学校で虐めにあってるんだろ

俺の頭の中に白い菊が差さった牛乳ビンの置かれた机が見えた。手を叩いてはしゃぐ女子高生達。
あ、俺は美鈴の目を通して、その光景を見てるんだ。
「死んだらダメだよ、あいつらに負けた事になっちゃうだろ」
何言ってるんだよ、俺。
俺の仕事は死神じゃないか、止めてどうするんだ。
「美鈴、美鈴、頼むから思い止まって」
気持ちとは裏腹に説得している俺。
「止めないでって言ってるでしょ」
いつの間にか俺は美鈴の両足にしがみついて、号泣していた。
「嫌なんだ、美鈴が俺の目の前で逝っちゃうなんて、お願い、お願いだから……」
もう、言葉にはならない。
「生きてても、毎日虐められるだけなの」
美鈴の手がしゃがみこんだ俺の頭を撫でる。
俺の身体中が、懐かしい感触に包まれた。

今、何時だ?何時に美鈴は死んじゃうんだろう?
気になってジャケットのポケットにしまい込んだ「死亡宣告書」の紙を取り出した。

ビュー、ビュー

「あっ!」
突風にさらわれて、宣告書が宙に舞った。
この紙だけは、誰の目にも晒しちゃいけない。この先、美鈴が生きていくに為にも、いや例え死を選ぶにしても誰かに見られちゃいけない!死神の俺の心が叫んでいた。

愛しい美鈴から手を離して、俺は跳んだ、思いきり跳ねた。
ガッ
金網に激突してしまった。
グラッ、グラ……
古びて錆びついた金網は、俺の身体を支えきれなかったらしい。
「キャーーーーッ」
美鈴の叫び声が俺の耳に届いた。
ゆっくりと地面が近付いてくる。


俺は全てを思い出した。幸せだったよ、美鈴。
美鈴、もう一度
俺の名前を呼んでくれないか…
もう一度、もう一度だけ…


ドスンッ


大きな物音と共にレオの身体が地面に打ち付けられた。
「レオ?!貴方はレオだったのね。レオーー!」
泣き叫ぶ美鈴の声はレオに届いただろうか。

アスファルトを染めていく真っ赤な血の海の中で、
レオは静かに微笑んでいるように見えた。
『何度でも美鈴を助けに行くよ』
まるで、そう言っているかのような安らかな顔で、一頭のゴールデンリトリバーが、力尽きた。
その口の中に死神からの「宣告書」が咥えられていた事は、誰も知らない。














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