分かったふりにも、下準備が必要で。
自己紹介でお決まりのこの文句が、わたしの周りの空気を凍りつかせることが、そう少ない頻度で起こる。
というのも、そう尋ねられた先の右耳は全く聞こえなくて、左耳には白い補聴器がちょこんと引っかかっていて。そして、今まさにこの会話を相手の口の形を読み取りながら理解している聴覚障害者のわたしが、そこに存在するからだ。
だから、そんなときこそ「これはチャンス!」とばかりにiPhoneを操作してSpotifyの画面を見せる。
ちなみにどうやって音楽を聞いているのかというと、補聴器とiPhoneをBluetoothで音楽を飛ばしている。いわゆる、オーダーメイドかつかなり高価なBluetoothイヤホンを持っているのだ。
わたしは先天性の難聴なので今この耳に届いているその音が「キコエル人と同じもの」かどうかについてはなんとも言えないけれど、それでも楽しく音楽を聞いているんだから、それでもう充分。
そして、最近はレンタカーにもBluetoothで音楽をとばせるらしくて、先日の #旅と写真と文章と のみんなと出かけた旅でも、車で音楽を流すことになった。
ここでちょっと考える。
(車にBluetoothで音楽をとばすとなると、わたしの補聴器にダイレクトに音はとんでこないよな。つまり、聴き取りにくい。みんなとのお喋りも聴くからさらに難しい。いやこれは、他人のプレイリストが流れ始めたら、音楽はまったく聴き取れないのでは)
そんなことを考えながらわたしの指先はiPhoneとレンタカーのオーディオを無事に接続させてしまって、その次の瞬間には
「わたし、音楽担当しまーす!」
と、声を掛けて音楽をかけはじめた。
予想通り車のスピーカーから流れてくる音楽はなかなか聴き取りづらかったのだけれども、自分のiPhoneを見れば今どの曲のどのあたりが流れているのか表示されるわけで、その画面と補聴器で聞き取れる音を頼りに音楽を楽しめて。
夜の暗い道は特にみんなの口元が見えなくて会話が所々しか分からなかったので、車酔い対策にもわたしのプレイリストを流せて本当に助かりました……‼︎【口ずさみたくなる音楽】をお聞きいただいた同乗者の皆さま、この場をお借りして本当に本当にありがとうございました、です。
(まぁ、それでも酔ったけど)
そういえばこの前、同じ聴覚障害者でわたしよりも聴力が良い子(後輩)と自分たちの聴力検査の結果を見比べる機会があったんだけどね。
「かさ」とか「くるま」とか単語を聴き取って答える検査の検査用紙を眺めると、わたしは合っているか合っていないか分からなくてもそれっぽい単語を回答していて、後輩の結果は分からない単語のところは空欄になっていて。(音の大きさとか単音では圧倒的にわたしが聴き取れてないけど、この単語についてのみ正答率は、どっこいどっこいというところかな)それを見ながら検査をしたSTさんが
と褒めてくれましてね。きこえにくいと周りの話を「分かったふり」してその場をやりすごすという処世術があるというけれど、でもそのためにもある程度アレコレと話を想像したりきこえている音を推測したりするための準備が、やっぱり必要なのですよ。たぶん。
今回のレンタカーの件も、「それでもみんなと少しでも同じ話題を楽しみたい」の一心でなかば本能的に動いて周りがそれを受け入れてくれたから「今日も楽しかった」に繋がったのかもしれないな、なんて思って、自分の生きる力と周りのあったかさに心をホクホクさせている8月最終日なのでした。
さよなら8月。よろしくね、9月。