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3年n組は今日も騒がしい

 家の玄関で靴のつま先をトントンと鳴らす。気持ちばかりが急いていて、前につんのめって転びそうだった。

「そんなに慌てなくても……」と後ろから母の呆れた声。

 分かってる。でもうずうずして仕方がない。早くみんなに会いたい。みんな昨日は何してた?どんなこと見つけた?何か書いた?新しい花の名前教えてくれる?コップの色、変わった?誰も泣いてないかな。たった一晩会わなかっただけなのに、夜の間にクラスのみんなは色とりどりに変化していく。

 学校まで息をあげながら走る。道の脇に咲いていた水色の小さな花はオオイヌノフグリ。教えてもらったんだ。もっと知りたい。みんなの知ってること、教えて欲しい。


 教室の扉の前について一呼吸。私はどうしてもちょっと突っ走りすぎちゃうことがあるから、お友だちに会う時は一度深呼吸しなさいって昔からずっと言われてきた。ふぅ。大丈夫。……前の学校とは、違う。


 私も、凛花ちゃんと同じようにこの小学校に転校してきた。前の学校では上手くやれなかった。「がんばる!」って言葉は何の意味も持たなかったし、人の役に立つことしか求められていなかった。だから私も「人の役に立つこと」を書いていてみたけれど、それでも誰にも見てもらえなかった。何を書いても誰にも見向きもされない。大きな体育館の壇上に立って「ねぇ聞いてー!!!!」って大声で叫んでも、そこにいる大勢の人たちは手元にあるスマホの中の、キラキラした別の人を見ていた。

 何をどう頑張ったらいいのか分からなくて、乃音町のおとちょうに引っ越してきた。ここでもやっぱり「役に立つこと」を求められているみたいだったから、役に立つこと書かなくちゃ…!と毎日ガリガリとノートを真っ黒にしていた。気づいたら、ノートは鉛筆と涙が混ざってぐちゃぐちゃだった。

 ここでもやっぱり無理なのかも……。そう思った時、マイトンくんの姿が目に入った。隣の寿司柄のスカートをはいた女の子と言い合いをしてた。「きのこの山とたけのこの里、どっちがいい!?」真剣に、でもすごく楽しそうに、きのこだ、たけのこだ、と大騒ぎをしている。

(……ねぇ、学校でそんな話してもいいの?)
私は心の中でマイトンくんに尋ねた。


 マイトンくんはそれにこたえるかのように、お尻の話や何でもない日々の話なんかを聞かせてくれた。私はマイトンくんの話がおもしろくって、おかしくって、これって一体「#なんのはなしですか」って尋ねた。


「それでいいんですよ。」
ふいに、後ろから声がかかった。
小西先生だった。


「誰のなんの役にも立たない、誰も覚えてない、くだらない話をしましょう。ここはそんな場所です。」
小西先生の言葉に、涙があふれた。


それから私は、本当に誰の役にも立たないお話を書いた。海老の話やゴリラの話。そしたらちくわちゃんが「私ね、すのうちゃんの書くお話が大好きだよ!」って言ってくれた。また、涙がこぼれた。


 教室の扉をガラッと開ける。
「おはよー!!」

 凛花ちゃんとちくわちゃんが教室の後ろでコップの実験をしている。すごく楽しそうに笑いあっていて、私もきゅーって嬉しい気持ちが溢れてきた。レジェくんが「なるほど。これもゲームにできそうだな。」と隣でメモしている。


私はレジェくんに声をかける。
「レジェくんおはよ!昨日ティッシュ字検定ゲームしてみたんだけどさ、ナマケモノをティッシュに書くの難しすぎない?すぐゲームオーバーになっちゃうんだけど!」

「おはよ~!レジェくんのゲームめっちゃ難しいよね!?」
 一緒に話に参加してくれたのはみくちゃんだ。

 みくちゃんは私がこの町に転校した時、一番最初に声をかけてくれた人。明るくて、誰とでもすぐに仲良くなって、そしてみんなのところに引っ張ってってくれた。「この子すのうちゃんって言うの!応援してね!」ってまっすぐに、よく通る声で紹介してくれて私は顔が真っ赤になっちゃったことをよく覚えている。

「ねぇレジェくん。私、傘と傘立ての恋愛ゲーム思いついたんだけど……」
みくちゃんとレジェくんが難しい話をし始めたところでまたドアが開いた。



 はるちゃんと、マイトンくんだ。
 はるちゃんは女の子に、マイトンくんは男の子に、それぞれ何かを配り始めた。

「これね、書いて欲しいんだけどいいかな?」
はるちゃんから受け取ったものに目を落とすと、それはプロフィールカードだった。

「おもしろそう!私こういうの大好き!」私がはしゃいで答えると、はるちゃんがにっこり笑って「凛花ちゃんが作ってくれたんだよ」と言った。


 凛花ちゃんとは作文コンクールで一度会ったことがある。素敵な作文を書く人だなぁってよく覚えていて、でもなんでか、会場の隅っこで怖い顔をした先生の横でしゅんとしていた。あんなにきれいな物語を書く人に、一体何を言ったんだろう?ずっとそのことが心に残っていた。もっと凛花ちゃんの書くものを見てみたいし、また一緒にコンクールで会いたいって思ってた。
凛花ちゃんがこんな風にカード作ったりするのも得意だってことを知って、すごいな!かっこいい!って素直に思った。

 さっそくプロフィールカードに記入していく。趣味…うーん。意外と難しいぞ?好きなこと……ふふっ文章を書くこと・絵を描くことの2択であとはその他になってる!そうだよね。この学校はみんな、書くことが好きだから。


「できた!」
私は凛花ちゃんの元に駆け寄った。

「凛花ちゃん、プロフィールカード作ってくれてありがとう。これ、書いてみたんだけど……受け取ってもらえる?」
私が差し出すと、凛花ちゃんは嬉しそうに笑った。花が開いたような、そんな笑顔だった。




 私はこの小学校に来て、たくさんのことを教えてもらった。実は私の家族には発達障がいを持つ人がいて、でも私はそのことをなんでか言えなかった。なんて説明したらいいか分からないし、上手く伝えられる自信がなくて。

 でも、そんな私の前には仲間がいた。


 ゆずちゃんは、発達障がいのことをたくさんの言葉にして教えてくれた。得意なこと、苦手なこと、どうやって向き合うか。私の知らないこと、たくさん教えてくれて、自分で本も作ってた。すごいなって憧れてる。


 たななちゃんはね、発達障がいの辛かったエピソードじゃなくて、幸せエピソードを聞かせてくれる。確かに!!集中力すごいよね。好きなことやりだしたら止まらなくって。ものすごいものができたりするの。良いところを探すのって楽しい!


 しいもちゃんもね、私と同じように家族のことで悩んだり泣いたり笑ったりしていること、教えてくれた。すっごく勉強して、それをみんなに教えてくれるの。マイトンくんが言ってた。しいもちゃんのには愛がたくさん詰まってるんだって!!!私もそれを聞いてうんうんって何度もうなづいた。しいもちゃんは家族だけじゃなくて、私たちクラスメイトにも、たくさんの愛をくれるの。


 この学校に来られて本当に良かった。昔のことを思い出して思わず涙ぐんだら、アルロンくんが「これ」とティッシュを差し出してくれた。

「ありがとう」と受け取ってティッシュの封を開けた瞬間、
「ま……!!間違えた!それは保存用のポケモンセンター限定のティッシュで、渡したかったのはこっちのティッシュだった…!!!」アルロンくんががっくりとうなだれた。


それを見てlionくんが何やらメモしている姿が見えた。

アルロンくん、ごめん…!


ピンポンパンポーン♬
あ、校内放送の時間みたい。

乃音小浦路分校の皆さんこんにちは。
放送係が、放送をお届けします。
今日の担当は、3年n組のリィです。
よろしくおねがいします。


 今日は、みゅみゅが落語を披露してくれます。みゅみゅは普段とってもかわいいしゃべり方をしていますが、落語になった途端別人になります!みなさん、スマホの電源は切って聞いてくださいね!


みゅみゅの落語に、みんな夢中になって教室が静まり返っていた。
しーんと静まり返った部屋にガラリと音がして、小西先生が入ってきた。



「転校生くるよ~。よろしくね~。」



今日も、この学校は騒がしくて、温かい。



▷三條凛花さんのスピンオフストーリーです。

クラスメイト全員出したかったのですが、ごちゃごちゃになってしまいそうで出せず・・・筆力不足で申し訳ありません!!!

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本田すのう │   全力疾走
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