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2文字の重み
コピー機が動かない。
私の前に使った人が誰か定かではないけれど、誰かが中を覗き込んだりフタをパカパカ開ける光景を見ていないからきっと問題なく動いていたんだろう。
私の番になった途端コピー機がヘソを曲げてしまった。
紙、ある。
コンセント、入ってる。
画面、ついてる。
スタートボタン、押す。
──シーン。
資料を印刷しないと。
この後の会議で使うのに。
どうしよう。
私は派遣社員として、会議の資料を作ったりコピーを取ったり会議室の準備などを主な業務としていた。時にはダンボールをつぶして運ぶなんていう重労働も発生する。
裏方的な作業が私はとても気に入っていた。バリバリと働く社員さんの手元にある資料のホッチキスの位置とか、資料の中のグラフの見やすさだとか、見えないところで小さく役に立つのが好きだった。きっと誰も気がつかないけれど。
だから、その反対に「人に迷惑をかけてしまうこと」を異様に恐れていた。コピー機が動かない、会議の資料が間に合わない。つまりそれは、私の裏方としての仕事が何もできないことを意味する。
しばらくあれこれコピー機と格闘した後、上司の元へとトボトボと歩いて行った。
「すみません……。コピー機を壊してしまいました。」
上司はパッと顔をあげて私に声をかけ、一緒にコピー機の元へと向かった。上司が点検をしてもやはり動かなかったから、修理業者に依頼しようという話で落ち着いた。会議は資料なしでもなんとかなるから、と。
私は自分の席に戻ってから、しばらく真っ暗な画面を見つめた。先ほど交わされた上司との会話を何度も反芻して、グッと涙をこらえていた。
この会社で働けてよかったと思った。この上司が私を採用してくれてよかったと、本当に思った。
「すみません……。コピー機を壊してしまいました。」
「壊したんじゃなくて、壊れたんでしょ?」
10年以上が経った今も、この会話が忘れられない。
──たった2文字の違い。
その2文字で私の気持ちは全部ひっくり返された。「君が壊したんじゃないのは知ってるよ」とか「資料は間に合わなくても大丈夫だよ」とかそういうもの全部が、その2文字に含まれていた。
「言葉」というのは曖昧で、特に日本語の表現は奥深い。発した側の想いと、受けとる側の想いは必ずしも同じにならない。
たった1文字、2文字の違いで、意味も変われば受け取る人の気持ちまで変えることができる。
私はいま、毎日のように「言葉」と向き合いながら2文字の重さを感じている。どうか伝わりますように、どうかまっすぐに届きますようにと願いを込めて。
「コピー機のこと、パンチでもしたの?」と笑ってコピー機を点検する上司の背中を常に思い返しながら。
▷派遣時代の忘れられないエピソード
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