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女剣士の絶望行

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挫折の彼方、死を見据える彼女に回生の機は訪れるのか。  女剣士、豊蕾(フェンレイ)は絶望の地を目指していた。自らを責めながら、苦しみと共に。なぜ彼女が死せる道を往くのか。それは…
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#中世

女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 X話 絶望

 喉に痛痒さを感じて目を覚ました。唸り声が出る。毛布を被った体が促すままに息を発するとそれは咳となり、胸の奥から音が鳴った。息を吸って口から入り込む空気は、冷たく、乾いている。床に清潔で細やかな生地の布を敷いてはいるが、古びた木の箱みたいな馬車の中ではどうしても粉塵が舞ってしまうのだ。そして、この埃っぽい空気は喉を刺激し、冷たいくせに喉を焼いたようにしてくる。
「フェンレイ、だいじょうブ?」
 甲

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女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 1話 菊花

「行くぞ! 剣を持て!」
 前開きの黒い服に腰の帯を締めた男が、腰に下げた鞘から反りのついた刀を抜いて叫んだ。周囲の男達の反応を待たず、目の前の扉を足の裏で蹴る。木製の扉は簡単に外れて倒れた。
 周囲の男たちも刀を抜き、オォ、と雄叫びを上げる。私も、刀を抜いた。丁寧に拭き上げ、油を塗った刀身が、朝靄を抜けた日光を反射する。
 私は声を上げなかった。男達の叫びの中で、ひとり女の声が混じっては、意気が

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女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 2話 笑顔

「私に、侍女の働きをしろと?」
 つい語気を強めてしまったことに気付き、慌てて口を押さえた。
 机越しに向かい合う玉英が、頭を下げている。その隣で椅子に座る菊花様は、その大きな漆黒の瞳で彼女の顔を覗くようにじっと見上げていた。
 ここは菊花様の部屋の隣で、元は侍女が住んでいた部屋だ。壁際の棚には巻いた糸や糸きりばさみなどの裁縫道具が並んでおり、また別の場所には化粧台がある。そこにも櫛や小瓶が置かれ

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女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 3話 庇護 前編

「へへ、弱っちいなぁ、新入り」
「は、離せっ!」
 これは、この光景は? 私の両手首を掴んで組み敷いてくるこの大男……虞家の同胞だ!
「豊蕾って言ったかよ? 女のくせに、俺たちに混ざって剣士を気取りやがって」
 そうだ、これは確か、私が虞家の一員として働こうというとき、古参の男と模擬戦をして負けた時のものだ。背中に張り付く道場の床が軋む。しかし、なぜ時が戻ったのだ?

「女の役割っていやあ、わかっ

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女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 3話 庇護 後編

 宮廷の中庭は広く、芝生が広がり、背の低い木や黄色と白の花などが植えられている花壇があった。端の方には小さな池があり、水面には蓮の葉がいくつも浮かんでいるのが見えた。それらが陽光を受けて輝く様子は美しく、まるで絵画のようであった。その中央には芝が禿げて土が見えている地面があり、王子はそこで待ち構えていた。どうやらそこが戦う場所のようだ。その周りには男たちが何人か集まって立ち話をしていたが、私と菊花

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女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 4話 朽木 前編

 髪を下ろした菊花様も、なかなかに可憐なのだが。花の油を馴染ませた、菊花様の髪を梳きながらそう思う。さらさらとした感触が心地良い。十歳でまだ幼気な菊花様の髪は潤っていた。油は不要なのではとも思う。十分にしなやかだし、花の香りがなくたって構わないだろう。だって、こんなに……。つい見つめてしまうのは、菊花様の髪を上げて見える、うなじ。そこにできた空間は、彼女の暖かさ、潤い、芳しさが詰まっている。そこか

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女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 4話 朽木 中編

 いつの間にか激しくなっていた雨の音を聞きながら、菊花様の口から語られる真実に耳を傾けた。
「母は玉英や鈴香と同じように王宮で働く使用人でしたが、父上……王陛下のお目に留まって、側女として召し上げようとされました。ですが、高貴な出自の王妃はそれを認めませんでした」
 平民が王族に召し上げられるという話は聞かなくはない。だが王妃がそれに反意を示したとなると話は別ということだろうか。
「母が側女となる

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女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 4話 朽木 後編

 雨音の中でも、扉越しにも、それは聞こえていた。菊花様のすすり泣く声。とても、その扉を叩けるような状態ではなかった。どんな顔をして会えばいいというのだ。菊花様は、傷ついているに違いないのに。菊花様の部屋の前で、扉を背にして座り込んだまま、動けずにいた。
 どうしよう。どうしたらいいんだ。頭の中で言葉がぐるぐると渦巻く。謝るしかない。いや、謝ったって許されないかもしれない。取り返しのつかない失敗をし

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女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 5話 双眸

 屋敷の外。角の壁に張り付く私。向かいの木の幹に身を潜めるのは、私と同じく虞家の武人、背が高い短髪の男、睿霤。
 私達は、その向こう側から見えないよう、朝日を避けて身を隠している。二人とも、既に刀を抜き、しんとした冷たい空気に同化するがごとく構えていた。濡れた枯れ葉が地面に散らばっている。音が立たないよう、移動は最小限。視線の先には見慣れぬ男。草色の服に身を包み、腰に刀を差している。頭に頭巾をかぶ

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女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 6話 意志 前編

「豊蕾、いってきますね」
「ええ。いってらっしゃいませ」
 陽光がそそぐ廊下で私を見上げている菊花様に頭を下げる。すると彼女は嬉しそうに笑った。胸には本が抱かれている。歴史の教本だ。
「今日は一刻くらいだと思うから。わたしの護衛がひとり立ってれば、守りは十分でしょ。あんたは自由にしていたら」
 菊花様の隣の、蓮玉様が私に告げる。彼女もまた本を抱えていた。
 彼女の護衛、黒髪を頭頂で纏めた男が頷いた

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女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 6話 意志 後編

 中庭の禿げた地面の上で、蓮玉様の護衛の男と対峙する。ここは夏に龍翔と模擬試合をしたのと同じ場所だ。庭の草花は秋の色に変わりつつある。椅子に腰かけた二人の王女、蓮玉様、そして菊花様が、黄や白の花に彩られ、秋色に華やいで見える。
 椅子の肘掛けに手を置き、ただじっとこちらを見ている蓮玉様の横で、菊花様は膝の上で拳を軽く握りながら、目を伏せていた。
「では二人とも、用意はいいかしら?……ああ、あんたが

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女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 7話 冷眼 前編

 秋も深まった頃、私は菊花様と、女たちが集まる食堂にいた。
 菊花様は、王妃、王女らの卓に。私は、玉英、鈴香《リンシャン》と共に使用人たちの卓に座っている。

 料理は既に並べられている。厨房を担当する使用人が王族たちの前で毒見をして見せれば、食事が始まる。しかし、今日はその者がなかなか現れない。皆、食事の開始を待たされていた。
「まだなの? 早くしてもらえないかしら」
 王女の一人が不満げに呟く

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女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 7話 冷眼 後編

「龍翔様は王妃様に詰めよられ……豊蕾殿の名を出されたのだ」
 兵によれば、今晩の食事を男女共々で行うという龍翔の提案に、王妃は大層怒ったらしい。王妃は龍翔の部屋に赴いて彼を叱責した。その際たまらず彼は私が発案者であることを明かしてしまったそうだ。あのヘタレブタガエルめ……!
「そんなこと言っても、もうここまで準備しちゃったんだから、今更戻せないわよ」
「でも、王妃様のことだから……もし逆上して、豊

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女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 8話 剣舞 1

 龍翔の中身のない挨拶が終わり、王陛下の乾杯の合図と共に食事が始まった。豪勢な料理の数々が所狭しと並ぶ。
 この食堂には三つの長机が並んでいる。正面に向かって左側に、王女ら六人を中心とした女性王族が座る卓があり、それは他の机より短い。中央には最も長い卓が置かれ、その先端には王と王妃が横並びに鎮座し、続いて王子ら、その妃や子、そしてその側近や男性使用人らが座っている。そして右側の卓には、女性使用人た

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