砂明利雅

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  • 女剣士の絶望行

    挫折の彼方、死を見据える彼女に回生の機は訪れるのか。  女剣士、豊蕾(フェンレイ)は絶望の地を目指していた。自らを責めながら、苦しみと共に。なぜ彼女が死せる道を往くのか。それは彼女が暗殺者集団の一員として過ごしていた国での話に遡っていく。  豊蕾はその国の王女である少女、菊花(ジファ)の護衛を任された。何故か他の王族に虐げられる彼女と心を通わせ、助け、仲を深めていく。度々、同僚の睿霤(ルイリョウ)から謎の忠告を受けるが、菊花を助ける決心を固めた豊蕾は、自らの剣技を磨きながら、菊花が皆に受け入れられるきっかけとなる宴を開くことに成功。自身も剣舞を披露し、王家に認められていった。だが……。

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女剣士の絶望行 二章 母殺しの煙美人 第3話 麻煙

 私は宮廷の裏、木々の生い茂る庭にいた。優しく照りつける陽光に、緑の香る穏やかな風。机と椅子を置き茶会をしていた。目の前に座るのは、黒髪の髪を細かく編んだ鈴香と、小柄で肩くらいまでの栗色の髪が優しくおろされた、菊花様。 「豊蕾の淹れてくれるお茶は、いつもおいしいです」 「ホントですよね、菊花様。豊蕾、もう一杯ほしいな」  二人とも茶を飲んで微笑んでくれている。私はそれが何よりも嬉しい。剣しか知らなかった私に、こういった喜びを教えてくれたのはこの二人だった。私は、二人と過ごす日

    • 女剣士の絶望行 二章 母殺しの煙美人 第2話 震慴

      「リカ、こんなボロボロの異邦の女、使い物になるのか?」  寒空の下、白肌の女……リカと髭面の大男はランプで照らされる馬車の中を覗き込んでいた。その馬車には、黒髪の異国の女、フェンレイが横たわり、苦しげな寝息をたてていた。 「いきなりごめんね、パパ。放っておけなかったの。彼女は大きな苦しみを抱えているから」 「この女の言語はオレにはわからんが、それはだいたいわかるな。少女の遺体を抱きしめながら泣きわめくもんだから……埋めるまで半日は待った気がする」 「大切な人だったみたいよ。こ

      • 女剣士の絶望行 二章 母殺しの煙美人 第1話 悪人

         闇夜の下、紅の宮廷は燃え盛っていた。その広い建屋全体から火が噴き出していて、まるで一つの街が火に飲み込まれたかのようだ。火の粉がそこら中に舞い、黒煙が夜空を覆っている。冬の夜の空気をも熱く熱せられる宮廷の近くに、女剣士は炎を見上げながら立ち尽くしていた。紅と黒の衣装にこびりついた赤黒い血が、炎の明かりを受けてぎらぎらと輝く。彼女……フェンレイは、刀ひとつだけを携え、無表情のまま佇んでいた。周りでは男たちが慌ただしく動き回り、荒い声をあげながら消火活動をしていたが、彼女は動か

        • 女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 11話 散華

           人々が我先にと逃げ回り、怒号が飛ぶ。一方では悲鳴、嗚咽、そして狂喜の笑い声が上がる。まさに混沌であった。  そんな中、私と允明は刀を向け合ったまま対峙する。背後には菊花様がいる。彼女に奴を近づかせはしない。 「どうした? かかってこいよ、豊蕾。この雑魚女」  大柄の允明が見下してくる。亡き龍翔が斬ってつけた左頭の傷からは血が流れているが、その勢いはおさまりつつあった。允明はさっきまで痛がる様子を見せていたのに、今は平然として私を嘲笑っている。左目が半開きなのも相まって、不

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        • 女剣士の絶望行
          24本

        記事

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 10話 花露

          「豊蕾……そこにいるガキは王族だな」  龍翔を斬り殺した虞家の大男が、私たちを見下ろしながらそう言った。  かつての仲間であったこの男は、虞家の中でも高い実力を持つ者のひとりだ。暗殺稼業でも多くの成果を上げてきている。そのためか偉ぶった態度をとることも多く、今回も長が斃れるのを見て迷わず指導者の代理を名乗り出た。睿霤も嫌な奴だが、コイツは人格が未熟なクズ野郎だ。長の死を悼む心も無いらしい。 「ッ、痛え……豚野郎が」  斬られた頭を押さえ、龍翔の亡骸を蹴りながら、大猿のような顔

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 10話 花露

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 9話 黒影

           大広間内を駆けるその黒影は、激しい足音を立てながら、壁際に座る宴の参加者の目の前を疾風のごとく通り過ぎた。一瞬の間に中央の空間にいる私と菊花様の横を通り過ぎ、私たちに空気流を浴びせると、そのまま王の座す玉座に向かっていった。途中に立つ兵士の槍が弾かれ、金属音を響かせる。兵士は飛ばされ床に倒れた。そのまま黒影は王の元へ到達してしまった。  あっという間だった。その者は玉座の裏に回り、王の右腕を左手で掴み後ろ手にさせ、短刀を首筋に当てる。  黒影の駆け抜ける姿を見たときから、私

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 9話 黒影

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 8話 剣舞 5

          「さあさ! さっそく豊蕾の剣舞じゃ! 皆も期待しておったであろう? 楽しむがよい!」  壇上の王が観客に向けて大きな声を張り上げた。皆、待ってましたとばかりに盛り上がりを見せる。  まさか男たちの気分に合わせて私の出番を早回ししたわけじゃないよな? 腕や脚を露わにしているのが恥ずかしくなってきた。  まあ、真意はわからない。実は菊花様のためなのかもしれない。  玉座に座る菊花様の方を見上げる。彼女は私をその大きな漆黒の瞳でじっと見つめていた。その不安気な表情を見ると、私はこれ

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 8話 剣舞 5

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 8話 剣舞 4

          「……はい。いかがでしょうか? 菊花様」  翌日、輝ける朝日が差し込む菊花様の部屋で、私は菊花様の髪結いをしていた。菊花様は鏡越しに、大きな漆黒の黒目で私の顔を覗く。 「ありがとうございます、豊蕾。すごく上手で、嬉しいです」 「それは良かったです」  菊花様は照れたような笑顔を見せた。  彼女の生誕を祝う日。私のこの半年間で培った技術を全て注ぎ込み、彼女を美しく飾り立てた。  半年前、菊花様のお決まりの髪形は、頭の左右二つにお団子を作ったような形だった。その後、本当の母君が

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 8話 剣舞 4

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 8話 剣舞 3

           連日の剣舞の練習を経て、ついに翌日、菊花様の生誕を祝う宴を迎える夜。自室の寝台の縁に座っていた。胸の高鳴っているのがわかる。興奮で眠れそうにない。窓の外を見ると、月が雲に隠れて見えなくなっていた。それが余計に私の心をかき乱す。  部屋の扉を叩く音がした。燭台を持って扉まで歩き、開ける。蠟燭の灯りがその人物を上から照らす。 「……菊花様」  そこには寝間着姿の菊花様がいた。不安げな顔で私を見上げている。 「どうかなさいましたか?」  菊花様はもじもじとしていた。何か言いたげで

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 8話 剣舞 3

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 8話 剣舞 2

          「ええっ、何度もできないの? 豊蕾、あの回転斬り」  晩餐の翌日、朝日が差す裏庭で、芝に座る鈴香が目を丸くして叫んだ。 「ああ。あの技は頭に負担が掛かるからな」  剣舞の動きを試そうと木刀を片手に動いていた。鈴香はついてきたいと言うので傍で見てもらっている。 「でもさ、あれが一番いい動きしてたじゃない」  そう言いながら、鈴香は架空の剣を横に薙ぐ仕草をした。その剣先は空を切る。 「取り入れたいとは思うが、せいぜい一回か二回くらいだろうな」 「そっかぁ。それじゃあ、はじめに一回

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 8話 剣舞 2

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 8話 剣舞 1

           龍翔の中身のない挨拶が終わり、王陛下の乾杯の合図と共に食事が始まった。豪勢な料理の数々が所狭しと並ぶ。  この食堂には三つの長机が並んでいる。正面に向かって左側に、王女ら六人を中心とした女性王族が座る卓があり、それは他の机より短い。中央には最も長い卓が置かれ、その先端には王と王妃が横並びに鎮座し、続いて王子ら、その妃や子、そしてその側近や男性使用人らが座っている。そして右側の卓には、女性使用人たちが並ぶ。そこに私も座っていて、左右には玉英と鈴香が居る。  それぞれの卓には、

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 8話 剣舞 1

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 7話 冷眼 後編

          「龍翔様は王妃様に詰めよられ……豊蕾殿の名を出されたのだ」  兵によれば、今晩の食事を男女共々で行うという龍翔の提案に、王妃は大層怒ったらしい。王妃は龍翔の部屋に赴いて彼を叱責した。その際たまらず彼は私が発案者であることを明かしてしまったそうだ。あのヘタレブタガエルめ……! 「そんなこと言っても、もうここまで準備しちゃったんだから、今更戻せないわよ」 「でも、王妃様のことだから……もし逆上して、豊蕾の命まで奪おうとしたら」  鈴香と玉英が心配してくれる。  菊花様のためにここ

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 7話 冷眼 後編

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 7話 冷眼 前編

           秋も深まった頃、私は菊花様と、女たちが集まる食堂にいた。  菊花様は、王妃、王女らの卓に。私は、玉英、鈴香《リンシャン》と共に使用人たちの卓に座っている。  料理は既に並べられている。厨房を担当する使用人が王族たちの前で毒見をして見せれば、食事が始まる。しかし、今日はその者がなかなか現れない。皆、食事の開始を待たされていた。 「まだなの? 早くしてもらえないかしら」  王女の一人が不満げに呟くと、周囲の者も口々に文句を言い始めた。 「遅いわね。いつまで待たせるのよ」 「料

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 7話 冷眼 前編

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 6話 意志 後編

           中庭の禿げた地面の上で、蓮玉様の護衛の男と対峙する。ここは夏に龍翔と模擬試合をしたのと同じ場所だ。庭の草花は秋の色に変わりつつある。椅子に腰かけた二人の王女、蓮玉様、そして菊花様が、黄や白の花に彩られ、秋色に華やいで見える。  椅子の肘掛けに手を置き、ただじっとこちらを見ている蓮玉様の横で、菊花様は膝の上で拳を軽く握りながら、目を伏せていた。 「では二人とも、用意はいいかしら?……ああ、あんたが勝ったらどうするか、決めてなかったわね」  蓮玉様は護衛の男から視線を投げかけら

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 6話 意志 後編

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 6話 意志 前編

          「豊蕾、いってきますね」 「ええ。いってらっしゃいませ」  陽光がそそぐ廊下で私を見上げている菊花様に頭を下げる。すると彼女は嬉しそうに笑った。胸には本が抱かれている。歴史の教本だ。 「今日は一刻くらいだと思うから。わたしの護衛がひとり立ってれば、守りは十分でしょ。あんたは自由にしていたら」  菊花様の隣の、蓮玉様が私に告げる。彼女もまた本を抱えていた。  彼女の護衛、黒髪を頭頂で纏めた男が頷いた。この体が大きく筋肉質の男は、たいへん無口だが、蓮玉様の命令に忠実な男だというこ

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 6話 意志 前編

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 5話 双眸

           屋敷の外。角の壁に張り付く私。向かいの木の幹に身を潜めるのは、私と同じく虞家の武人、背が高い短髪の男、睿霤。  私達は、その向こう側から見えないよう、朝日を避けて身を隠している。二人とも、既に刀を抜き、しんとした冷たい空気に同化するがごとく構えていた。濡れた枯れ葉が地面に散らばっている。音が立たないよう、移動は最小限。視線の先には見慣れぬ男。草色の服に身を包み、腰に刀を差している。頭に頭巾をかぶっていて、露わになっているのは目だけ。そいつは屋敷の外壁を伝い、たどり着いた茂み

          女剣士の絶望行 一章 蕾む菊の花 5話 双眸