息子が自閉スペクトラム症と診断されるまで
息子が先月自閉スペクトラム症と診断された。
診断を受けてから、6歳娘(Sちゃん)と4歳息子(K)との関わり方について悩むことが増え、脳内整理のためにもnoteのアカウント登録を行い、文章を書いていくことにした。
赤ん坊時代
0歳~
赤ん坊時代のKくんは手がかからず、目が合えばにかーっと笑い、1人遊びが上手な子だった。中指と薬指で指しゃぶりをする姿がウィッシュポーズをするDAIGOみたいで、きっとロックな子になるんだろうと勝手な妄想を持っていた。
姉を見て二足歩行に興味を持ったのか、あっという間に1人で立つようになり、柵に捕まって暇さえあればひたすらスクワットで下半身を鍛え、1歳になる頃にはすたすた歩き始めていた。姉のSちゃんが歩き出したのはは2歳直前とのんびりめだったので、Kくんが歩き出した時は「え、もう歩くの?!これが個人差…?!」とおったまげたものである。
そんな驚く私たちを見ながらKくんはにかーっと笑顔を見せていた。
幼児期
1歳半
初めて言葉を発する。「できたー」と言いながらぱちぱち拍手をしていた。ちなみに当時は言葉を発してるとは気づいておらず、「いつママって言ってくれるのかな~」などと考えていた。
まさか初めての言葉が「できたー」だなんて思わず、数年経って動画みて気づいた。無念。
1歳9か月
だいぶヤンチャな一面が見え始め、登れる場所はとりあえず登る。臆病な姉とは真反対で好奇心旺盛な様子で目が離せなくなる。
2歳 ことばの遅れが気になり始める
単語は何個か出たけど、2語文を話す気配はない。どちらが最初に呼ばれるかと期待していた「パパ・ママ」もまだ聞いていない。
長い文章で話しかけてたから言葉が定着していないのかなと考え、意識的に短い言葉・文で話したり、絵本を読む回数を増やしたり色々試す。5歳のSちゃんの構って姫乱入モードもあってなかなか上手くいかないことも多々発生し、少し私自身が疲れ始める。
名前を呼んでも振り返ったりすることがないことが気になり、夫や保育園に相談する。自分の世界から意識を切り替ることが苦手なのかもしれないので、Kくんと目線の高さを合わせて声をかけるように夫婦で意識し始める。
それまでなんでも食べていたが、この頃から食べ物の好みが出始める。とりあえずピーマンを発端に、緑の食べ物を一切食べなくなる。バナナがあると機嫌がよくなるので、困ったらバナナ戦法でしのぐこともしばしばあった。バナナ農園さん、私はあなた達のおかげで救われています。ありがとうございます。
2歳半 こだわりが強くなる
宇宙語を話し始める。めっちゃ喋ってる。英語系YouTube動画の影響で、英単語がたまに現れる。やたら発音がいい。「母さん」と呼ばれるようになる。たまに「パパ」と呼ばれる。
自我が強くなり始めて、ブロックの創造神Sちゃんと破壊神Kくんの戦争が頻発する。ブロックを破壊しながらニカニカ笑う姿はちょっと面白いが、Sちゃんが泣いてしまうので母はてんやわんやである。
気に食わないとかんしゃくを起こすようになり始め、大好きなバナナを落として、ペットのわんこに食べられてしまって「んぎゃーーー」と怪獣モードに。バナナストックが無いときは我が家ではバナナは禁句である。たまにSちゃんがぽろっと発してしまい、再び怪獣が現れる。時間的余裕がない朝は緊迫感あふれている。
豚バラ肉やそぼろが苦手らしい。ただしハンバーグは食べれる。OK/NGの基準が謎で毎晩の献立に悩む。
この頃のその他のかんしゃくを挙げると髪を切られる時、いつもとやっていることと何か違う時(ごはんを食べるのにエプロンがないとか)、散歩中猫じゃらしが見つからない時などなど。こういう時はどんどんエスカレートするので、落ち着くまで待つしか無い。
この頃から動物(特に象さん)が好きになり、動物の歌をひたすら見て動物の名前を覚え始める。アニアという手のひらサイズの動物を気に入り、イオンに行くと毎回ねだられるようになる。ちなみにアニアは恐竜シリーズもあり、動物のあとは恐竜沼にはまることになる。1個700~1000円ぐらいで「かんしゃくになるぐらいなら…」と買いそうになる。どちらにせよ親的には多少ストレスになるのでどちらが正解なのか、いまだに分からない。
3歳 療育という選択肢
風邪のついでに行った耳鼻科でとんでもなく耳垢が溜まっていることが発覚。ピンセットで私の小指ぐらいの太さの耳垢がでてきた。もしやそれで言葉が遅れたのかとショックを受ける。
医師からの質問をガン無視するKくんに対して療育を勧められる。
療育に行くかどうかは非常に悩んだ。通うことになったら仕事はどうしようという心配もあったが、「療育に行く=何かしら発達が遅れている子」とみられてしまうことに対する懸念が強かった。自分の育て方が悪かったのだろうか、もっと何かしていれば療育という選択肢がそもそも出なかったんじゃないだろうか。かまっていなかったとか子育てを真剣にしていなかったわけではないのだが、「もっと話しかけていればよかったのかなあ」と後悔が出てくる。
療育に行く前に保育園と面談することになり、Kくんの様子を聞く。
家庭での様子と変わらない面もあるが、周囲と関わろうとする様子が出始めているらしく安堵する。保育園の先生から「言葉が遅れているのはいつか追いつくかもしれない。ただ追いつくまでの期間にKくんがつらい思いをしないようにサポートしたいですね」と言われ、はっとする。言葉で伝えられなくて一番つらいのはKくんである。たしかに彼が辛い期間に親としてサポートできることがもっとあるかもしれない。だったら専門家がいる療育で診断を受けて、サポートの仕方を相談してみよう。そう決心をすると、少し前向きになることができた。保育園の先生の言葉はいつも暖かくて、本当に頭が上がらない。
療育センター支部で最初の面会をしたが、実際の診察・発達検査は半年後になると言われる。長い。とりあえず順番待ちしつつ、成長を待つことに。
療育の診察を受けるまでの数か月間、Kくんは動物や恐竜を筆頭にものすごい量の単語を覚え始める。ひらがな・カタカナ・アルファベットを読めるようになり、アルファベットはいくつか書けるようになっていた。英語の発音に関してはほぼネイティブで、英語が苦手な夫は聞き取れない。心配していた二語文・三語文も出始めるようになる。
保育園の登降園時は猫じゃらしを片手に、警備員のおじさんに「おはよー!」「ばいばーい!」「おつかれさまー!」と挨拶をし、小さい子供は皆友達だと思っているのか知らない子にも「ばいばーい!」と大声であいさつをしていた。その瞬間はあまりに微笑ましくて、母のちっぽけな悩みが吹き飛ぶ。かんしゃくなどおこすことなく、毎日ニコニコ元気で過ごせるようにしてあげたい。
3歳8か月
療育センターで初回診察を受ける。簡単な話と今後の流れを聞く。
医師の初回診察 子の診察と今後の流れ
心理検査 発達検査(IQ, 行動傾向)
結果 発達検査の結果
診察 まとめと今後について相談
という流れで各ステップを1か月ぐらいスパン開けてやるらしい。療育を必要とする子供たちが多いのだろうと理解はしつつも、8か月待ったのに結果を聞くまで更に4か月かかるのかと頭を抱える。
Kくんは自分からの話はできるが、相手の質問に答えるのはまだ難しいらしい。言葉の遅れで相談に行ったはずが、自閉症やADHD、知的障害の話を聞きいろいろ不安な思いが駆け巡る。
3歳10か月
保育園で年長になり、私服ではなく体操着で登園することになる。発表会やハロウィンでもそうだったのだが、決まった服が嫌いらしく朝から「たいそうぎやだー」とかんしゃくが日常茶飯事になる。大好きな恐竜ワッペンをつけたり、寝ぼけている間に着させたり、あの手この手を試すも効果あるのは数日間。保育園からの暖かいご配慮に甘えて、私服登園ささせてもらうことにする。(そのうち自分から着るようになるといいなと期待している)
Sちゃんが小学校入学したこともあり、Sちゃんの学校フォローとKくんの怪獣化阻止で常に頭がフル回転状態で精神が崩壊しそうになるが、夫が早めに帰宅してくれるようになり何とか持ちこたえる。
療育で発達検査を受ける。先生が積み木で橋を作り真似をするように指示をする。Kくんは見本より大きい橋を作っていた。多分検査的には間違いになってしまうんだろうが、夫婦で「すごい…!」って内心感動し、帰りの車で大絶賛していた。親バカである。
2週間後に結果を聞く。
IQが想像よりずっと高く、知的遅れがないということに安堵する。心理カウンセラの先生からKくんに対して接し方のアドバイスをもらう。体操着を着ないことや、食事の好みが激しいことも許容してOKと聞き、がんばりすぎなくていいんだと心が軽くなる。
3歳11か月
心理カウンセラのアドバイスをもとに、Kくんへ事前予告をしながらイレギュラーを少しでもなけしつつ生活をするようになる。
「時計の針が12になったらお風呂いくよー」
「ごはんを食べたらおしっこいこー?」
ちなみにお出かけだけは事前予告すると、1時間前だろうが関係なく玄関で一人スタンバってしまうので、お出かけだけは事前予告してはいけない。
はさみへの抵抗が少し薄れ、ようやく髪を切れるように。次は無いかもしれないと思ってバッサリ切り、お猿さんになる(かわいい)
4歳
誕生日はたくさんの恐竜グッズを買ってあげた。遊び場に行ったり、水族館に行ったり、私のストレス発散もかねて豪遊してしまった気もする。楽しい日々が続いた。
そして月末、療育センターへ診断結果を聞きに行く。結果は自閉スペクトラム症ということだった。納得した。理解した。なぜか涙がうっすら出てきてこらえた。別に何も悪いことじゃない。何も変わらない。こらえろ、そう念じた。
自閉症と診断を受けて、療育センターや行政が何ができるのか簡単に説明を受けて帰った。一緒に祖母(私の母)も同行してくれていて、「Kくんは全然普通よ!私は自閉症だと思っていない。考えすぎないで」のようなことを言われたが、そんな言葉は別にほしくなかった。祖母は私に凹んでほしくなくて親切心でこう言ったのだが、なぜかはよく分からないがとてももやもやしてしまった。
私は自閉症と診断されたことがショックだったんだろうか?内心Kくんは自閉症だろうと感じていたので、診断結果自体はショックではないように思う。今まで食事やかんしゃくなどKくんとの生活面で苦労していた部分が「自閉症」という結果を受けて「これは必要な苦労なんだ、がんばるべき部分なんだ」と私の心の中で踏ん切りをつけることができていた。一方で祖母から「Kくんは普通だ、自閉症じゃない」と言われてしまうと、その頑張りを否定されるように感じてしまったのかもしれない。多分。いまだにこのモヤモヤに対する説明がうまくできない。
夜に夫が帰宅し、診断結果を伝えた。「療育には定期的に見てもらったほうがいいよね。交代で行ったり、一緒に仕事を調整しながら頑張ろうか。話聞いてきてくれてありがとう。」こんなことを言っていた気がする。自閉症という結果に対する彼自身の感想はなく、ただ静かに受け止めていた。今後どう接するのが私たち夫婦、Sちゃん、Kくんにとっていいのか一緒に考えた。夫にはもやもやは感じなかった。私が欲しかった反応だったように思う。
診断結果の後
診断結果を聞いてからまだ2週間ちょっとしか経っていない。いろいろ考えることが多かったせいなのか、暑いせいなのか、毎日がとても長く感じる。
自閉症に関する本を買った
保育園と今後について面談することになった
自分からトイレへいくようになった
お片付けタイムを予告しておくと、自分からお片付けをすることがたまに出てきた
一緒にあそぼーと声をかけてくれることがでてきた
Kくんがかんしゃくを起こしたり大変な場面があるたびに私の中で「自閉症」という言葉が浮かぶようになった
私が疲れを感じ、いらいらすることが増えた
祖母とは、診断結果についてその後もうまく話せていない。診察の翌週にも話題には出たのだが、同じようなことを言われ、結果としてもやもやして終わってしまった。
私にとってはKくんはKくんで、「ちょっとお世話が大変な子」だったのが実は自閉症だったというだけだ。診断されたからってなにも変わらないし、むしろ彼に合う日々の過ごし方を知ることができて、いい方向に進んでいると思う。だから、療育センターに行ってよかったと心から思っている。
ただ脳みそは意地悪で、何かにつけて「自閉症」という単語を思い出させる。悪い単語でもなんでもないのに、私はその言葉が浮かぶことに少し申し訳ない気持ちになってしまう。そして「罪悪感なんて感じるのもおかしいぞ!」という別の自分も出てくる。もはやどういう気持ちでいれば正解なのかよく分からなくなってくる。
四六時中ポジティブな気持ちとネガティブな気持ちが入り乱れ、少し疲れやすくなった。子供達にも不機嫌な状態を見せたり、ちくちく言葉を発してしまうこと増えてしまっている。ちくちく言葉で泣かせてしまった日の夜はいつも後悔する。「同じ間違いしちゃだめだよ」と子供には言うくせに、私は何度同じ間違いをするんだろう。
もういい年なのに、私は人間的にも母親としても未熟だ。
そんな私にSちゃん、Kくんは毎日「ままだいすきー」全力で愛情表現してくれている。私も二人が大好きだ。どちらも大変なことはあるし、面倒くさいこともむかつくこともあるが、それ以上に純粋で美しく愛らしい存在だ。
今は診断を受けて思考の整理が難しいが、1年後にはもっと上手く向き合えているだろう。5年後にはきっと忘れたようにみんな笑っているんだろう。そう持っていきたい。そのためにはどうすればいいのかなんてまだ分からないが、子育てなんて初めてのことばかりで分からないのは今までと同じだ。周りに甘えて、自分なりに調べて、見つけていこうと思う。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?