act:15-おれは男だユーイチだ!今日は男のザリガニ釣りだ!
オレは大多喜無敵探検隊のユーイチ、只今ひとりでザリガニ釣りの最中だ。
ここは青龍神社の下の、町営駐車場の先にある田んぼ、オレは喫茶店『緑の館』裏の土手のあぜ道に陣取り、さっきから田んぼに釣り糸を垂らしている。
釣りはいいぞぉ、心が穏やかになれる。これぞお寺の御前様(※1)のいう『無我の境地』なのだろうな。
そしてサナダ隊長はザリガニ釣りには来たがらない。隊長はザリガニを釣るだけならまだしも、釣った後に食べるのが嫌だというんだ。釣るだけじゃ意味ねぇーじゃんか、釣ったら食うんだ当たり前だろう(※2)、‥ザリガニはとっても旨いのにな。まぁ隊長は普段よっぽどイイもん食ってるんだろう、全くつまんないやつだ。だから今日はオレ一人でやってきた。
そんなわけで今日は隊長は来ないのでオレが語ってやろう。
まず最初に重要なことをひとつ教えてやる。一度しか言わないからよく聞くんだぞ!
ひと口にザリガニといっても、この辺りでは2種類いるんだ。一つはアメリカザリガニ、コイツは力が強くて真っ赤で大きい。頭を指先でチョンと叩くと、怒って大きな爪を振りあげるナマイキなやつなんだ。その中でもひときわ大きいのをオレたちは敬意をこめて『マッカチ』と呼んでいる。
このアメリカザリガニを捕まえて尻尾を引き抜き殻を剥いて、フライパンで炒めるとメチャクチャ旨いんだぞ。元々食用でアメリカから輸入してきたというだけあって本当に旨い、カニとエビの合の子みたいな味だ、なんで隊長は食わないのかよく分からない。全くバカなやつだぜ!
そしてもう一つは、形こそアメリカザリガニに似ているが、ひと回り小さくてズングリ、薄い茶色のザリガニで、ニホンザリガニという。こいつは幻のザリガニらしく、オレは捕まえても川や田んぼに戻すようにしている。なんでもテレビで天然記念物だと言ってたしな。コイツは北海道や東北にいるようだが、実はこの大多喜でも時々捕まえられるんだ。どうだスゲーだろ、大多喜ナメんじゃねーぞ!(※3)
肝心のザリガニ釣りの餌は簡単だ。コイツはなんでも喰うんで、最初は食パンの耳でOK、給食の時にこっそり持ち帰ったもので十分なんだ。それを釣り糸でしっかり縛り、枝を払った竹の竿の先に結んで、田んぼに落とせば案外ラクに釣れるんだ。そして一匹釣れたらソイツの尻尾をブチ抜いて殻を剥き、今度はパンの耳の代わりにその剥いた身を縛り付ける。
この餌がまた面白いぐらいによく釣れるんだぞ。餌を奪い合うように何匹も玉のように塊になって釣れたりするんだ。ザリガニは雑食だから何でも喰うけど、やはりパンなんかより肉の方が良いんだろうな、たとえそれが同じザリガニの肉だとしてもな。まさに共食いだ愚かなヤツらだぜ、でも旨いんでオレは許す。
そういえば隊長は、ザリガニを食うことよりも、この『共食い』がどうにも気持ち悪いらしい。一度一緒に田んぼでザリガニの尻尾を引き抜いて餌にしてみせたら青い顔をしてたんだ。そしてその餌に食らいついたザリガニを、まるで汚いものでも見るような目で見ていたなぁ‥。
以来オレのザリガニ釣りには付き合わなくなった。こういうとこはデリケートだよな、意気地ねーよな隊長も!ヤマカカ(※4)の口にバクチクつめて爆発させて『殲滅だぁぁぁーー!』とか一人でキチガイみたいに吠えているくせに、あれは良くてコレは駄目なんだ全くワケがわからねぇ。
そういや隊長は役場のションベンタワー事件(※5)で、犯人のタダシくんを散々サイコ野郎だと言い放ってたが、オレから言わせると隊長も十分サイコ野郎だ。なんだか頭おかしいぞ、目くそハナクソだぞ!
おや誰かがやって来た?
『ここ、いいか?』
やって来たのはサナダ隊長の天敵『ナガサ』(※6)だった。
オレは断る理由もないんで『お、おぅ‥』と短く答えた。
ナガサは続けて『叔母さん元気そうだな』と。
実はナガサはオレの従兄、つまり親戚だ。いつもはヒロブミ兄ちゃんと呼んでいる。
泉水地区(※7)に住む長狭の伯母さんからの届け物をうちに持ってきてくれたようで、うちの母ちゃんからオレがここでザリガニ釣りをしてると聞いて、帰りに寄ってみたんだと。
ヒロブミ兄ちゃんはオレの隣に座ると、どこからか拾ってきた竹の竿に、オレが渡した釣り糸とパンの耳を縛り付けて田んぼに釣り糸を垂らした。
オレたちは血が繋がっているせいで、きっと揃ってザリガニ釣りが好きなんだな。従兄弟同士、仲良く並んで田んぼでザリガニ釣りだ。
しばし、ボォーっと釣り竿の先を眺めてたヒロブミ兄ちゃんがポツリと言った。
『ユーイチさぁ、サナダなんかじゃなくてオレたちと遊べよ、従弟じゃん』
オレは一瞬イラッとした、嫌な記憶を思い出されたからだ。
ヒロブミ兄ちゃんが嫌いなわけじゃない。兄ちゃんと仲が良いトキとヤリタが、まぁトキはともかくあのヤリタが気に食わない。ちょっとだけ早く生まれたからって生意気だ。ヒロブミ兄ちゃんたちと遊ぶということは、あのヤリタとも遊ぶことになる。オレは小1の頃、しょっちゅうアイツにからかわれてたんだ。オレのおでこのホクロのせいで、会うたび会うたびそれはしつこく『お地蔵さんだナムナム~~』と馬鹿にされてたんだ。
今でも忘れてないぞアイツだけは許せねぇ‥、もっと大きくなって強くなったら、いつかオレのミズノの金属バットで成敗してやろうと思っている。
そして何を隠そう、そんなからかわれていた小1のオレを救ってくれたのがサナダ隊長だったんだ。
隊長は『うちの隣の年少さんが謂れなき理由でバカにされるのはどうにも許せん!ヤリタ!ブッコロシテやる!』と鬼の形相で突然乱入してきたんだ。
あの時ばかりは隊長の漢気に惚れたね!
そこで隊長とヤリタが殴り合いの大喧嘩をして、その日以来オレはヤリタにからかわれなくなったんだっけ。
・・そうだ、オレは隊長に男として恩があるんだ!忘れるところだった!
でも後になって気付いたけど、隊長は元々大嫌いなヤリタをただブン殴る理由が欲しかっただけかもしれないけどな。だってそのときの隊長の顔がとっても楽しそうだったんだ、‥間違いない、あれは狂気の笑みだ。
年中スカしたことをいうサナダ隊長も、あれでかなりな蛮族でデタラメな男なんだ。
『ヒロブミ兄ちゃん、オレは隊長に男として恩があるんだ』
ヒロブミ兄ちゃんは少し驚いた顔をしたが、すぐに納得した顔をした。
『あぁ~おまえのホクロのことだよな。ヤリタは、あいつ本当に昔からバカだからなぁ』
ヒロブミ兄ちゃんは、ずいぶん後になってから、オレがヤリタに散々からかわれてたことを知ったようだ。以来オレは、学校以外ではハチマキを巻いてホクロを隠すようになったんだ。
『ゴメンな、ヤリタにいじめられてたの気付かなくて』
『オレもその場にいたら、サナダと一緒にヤリタを殴ってたよ』
兄ちゃんはそういうと、また釣り竿の先を見つめた。
『サナダといて楽しいか?』
オレはすかさず言う
『おぅーさ!(房州弁翻訳:そうさ!or もちろんさ!)』
ヒロブミ兄ちゃんはニヤリと口元に笑みを浮かべ
『オマエが楽しいんならいいや』といった。
ヒロブミ兄ちゃんには中学生のヒトミ姉ちゃんがいる、つまり兄ちゃんは弟だ。そのせいなのか、兄ちゃんは小さい頃からオレのことを弟のように可愛がってくれてた。
・・なんだなんだ?もしかしてヒロブミ兄ちゃん、オレが隊長とばっか遊んでて寂しいのか?
ずいぶん女々しくなったなウハハハハ!
しかし釣りはいいな。大して言葉を交わさなくとも、こうして一緒に糸を垂らすもの同士、何か通じるものがある。
そしてザリガニも大分釣れた、2人で釣ってるんだからバケツの中はザリガニで既にウジャウジャだ、デカいマッカチも何匹もいる。
さぁーてこれをどうすっか、ヒロブミ兄ちゃん少し持って帰らないか?
ヒロブミ兄ちゃんは田んぼの土手を登り、喫茶『緑の館』の脇に立つとオレに手を振って帰っていった。兄ちゃんはザリガニはいらないようだし、これはうちの父ちゃんの夜のビールのアテだな。
『ハァー日が暮れてきたっぺけん、オイもそろそろけえっぺか(房州弁翻訳:あぁ日が暮れてきたし、オレもそろそろ帰ろうか)。』
1977年(昭和52年)、大多喜の田植えシーズンが過ぎてからだから、大体5月末から6月初めの頃か‥。あの頃、ザリガニ釣りに異様に取り憑かれていた小学3年生のユーイチの話だ。
【注意】登場人物名及び組織・団体名称などは全てフィクションであり画像は全てイメージです…というご理解でお願いします。
大多喜町MAP 昭和50年代(1970年代)
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