act:9-オレのなつやすみ 夷隅川の川下り【出航編】
世の大多数の子供がそうであるように、夏休みはオレにとってまたとないボーナスステージ!大嫌いな学校の宿題は8月最後の週に押しやって、それはそれは朝から晩までフリーダムに、興味向くまま気の向くまま、勝手気ままに元気に陽気に大多喜の山野で遊びまわっていた。
朝はラジオ体操ついでにカブトムシやクワガタを捕まえにいき、林の中で鮮やかピンクのスズメガやオオミズアオ、巨大な蛾のクスサンにビビり、昼ご飯のあとは近所の『大多喜無敵探検隊』メンバーとワイワイガヤガヤ町なかを定期パトロール、夕方は夏休みシーズン中ずっと垂れ流されている再放送の子供向け番組に弟のクニオと夢中になった。夜は窓を開けていれば扇風機もいらないぐらいの涼しさだったが、網戸のない古い造りの我が家には、家の明かりに引き寄せられてか、でっかい蛾やホタルがよく飛び込んできた、あいにくホタルを愛でる感性を持ち合わせていなかったオレは、無情にもキンチョールでとっととやっつけてしまっていたけど。
何よりこれだけ有り余るほどの時間がある夏休みである、オレは暇をいいことに、予てより温めていた壮大な冒険計画を実行することにした。
大多喜町を囲むように流れる夷隅川を、単身ボートで下るのだ!
この計画は、世界の秘境を冒険する『水曜スペシャルの探検隊(後の川口浩の探検隊シリーズ)』に多大な影響を受けたものではあるが、そもそもその前に、大抵の小学5年生が一人でやるには荷が重い冒険だったというところもポイントである、『他の同級生が尻込みするレベル』を一人でクリアすることで、オレは大多喜無敵探検隊メンバーや同級生たちに、きっと勝ち誇れるのである!(※1)
そうと決まれば話は早い!かねてより定期パトロールで目をつけていた新兵器を購入する決心をし、残しておいたお年玉のお札を手に駅前のディスカウントストア『ポピンズ』に向った。新兵器それは『一人乗りゴムボート』、収縮自在のオール2本とセットで確か3,000円程で売っていた。足で踏む空気入れは別売りだが、確か500円ぐらいだったと思う。
そうして大きな箱を家に持ち帰り、早速二階の広間で空気を入れてみた。シルバーに青地ツートンカラーのそのゴムボートは、お店で見た時よりもずっと大きく感じられた。そしてオールをセットし、いざイメージトレーニングをと始めてみたものの漕ぎ方が今いちよくわからん、実はオレは今まで手漕ぎのボートなんて全く漕いだことがなく、漕ぎかた自体そもそも知らなかったのだ。そう!オレは冒険を渇望するあまり、勢いでゴムボートを買ってしまったのであった。さすがにこれではイカンと思い直し、まずは流れの緩やかな川で特訓することにしたのだった。
明けて翌日特訓開始!訓練場はよくみんなで川遊びをする場所、大多喜町の二の丸浄水場(※2)の下の夷隅川の川辺、地元で『御禁止川』と呼ばれるエリアにした。この妙な川の名の由来は、なんでもその昔この辺りに生息する鯉が江戸の将軍家に献上されていたそうで、一般人の漁が長く禁止されていた川だからだということだ、その名残なのか、ここで泳いでいると時折鮮やかな色をした錦鯉を見かけることがあった(※3)。
それにしてもこの時期の大多喜の日差しは異様に強く、ときおり吹き抜ける風すらも熱風だ、ビーチサンダルを通してアスファルトの熱気がジリジリと伝わってくる、そんな灼熱地獄の中、頭に載せたゴムボートを日よけ代わりにオレはテクテクと川へ向かう。
二の丸浄水場に着いたオレは脇の細道を降り河岸へ、海パン一丁で水中メガネにシュノーケルをつけ、万一ゴムボートが転覆しても大丈夫なようにフル装備で挑む、時々重い羽音を響かせ猛スピードで血を吸いにスッ飛んでくる牛アブを2匹・3匹と平手でたたき落としながらも、川の流れが穏やかなせいか程なくしてコツを掴め、練習を始めて1時間もせずに、かなりのスピードでボートを漕ぐことが出来るようになった。
『フフフッ、オレって天才じゃね?(ニヤリ)』
特訓初日は、このように日が暮れるまでゴムボートを漕いでいた、これなら問題なく夷隅川の川下りができそうだ。
その後も何度か特訓をした後、いよいよ川下り本番の日がやってきた、朝からオレの脳内BGMはまさしく『水曜スペシャル探検隊』のテーマソング(※4)!気が狂うほどに頭の中でリフレインされており我ながら猛烈にテンションが高い、何せこの冒険は単独ミッションであり、一歩間違えれば命を落とすことになるかもしれない、しかし今日の冒険を迂闊に他者に話すと間違いなく引き止められるので今まで秘密にしていたのだ、おぉ父よ母よ、そして弟のクニオ、大多喜無敵探検隊メンバー達よ、皆に旅立ちを言わず一人行くことをどうか許してほしい、…だが、男には行かねばならない時があるのだ!
出発地点は猛特訓をしたあの二の丸浄水場の下から木原線の鉄橋下を抜け大多喜小学校の脇を越え三口橋をくぐり、漫画家がよく泊まりに来るという旅館『寿恵比楼』(※5)を左に眺め、老人ホーム下をぐるりと廻ってその先の木で作られた低い沈下橋を抜けて、、やがて大多喜中学校のそばの外廻橋を越えた地点まで凡そ2kmの川下りコース!予定通りなら我々の聖地、駄菓子屋のバクダン屋と加賀屋が並ぶそばに再び上陸することになるだろう。
緊張の中、御禁止川の緩やかな川面にゴムボートを浮かべ、そしてオレは徐に乗り込んだ、冒険は今始まったのだ!
・・act:10 【冒険編】に続く
【注意】登場人物名及び組織・団体名称などは全てフィクションであり画像は全てイメージです…というご理解でお願いします。
大多喜町MAP 昭和50年代(1970年代)