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雑木の庭にあこがれて

住宅地を歩いていると、ついつい目を引くお宅がある。
いわゆる「雑木の庭」だ。
ひょろっとした木が玄関前や庭先にセンスよく配置されていて、ついつい見てしまうのだ。


決して広くはない土地なのだが、自然を取り入れようと、高すぎず太すぎない雑木をうまく配置している。
その木々が風を受けてそよそよとしているのが一段と素敵で、通る度にいいなぁ〜と思う。

そういうお家は大体、木以外にもフェンスやアプローチも自然風な作りにしていて、全体的にナチュラルかつ洗練されている。

このあたりの住宅は、庭がない家が多い。
住んでる土地柄かもしれないが、駐車場を一台付けるのでいっぱいいっぱいだ。
仮に駐車場以外のスペースがあっても、コンクリートや砂利で埋めてしまい、土の部分がない家も多々見かける。

昔ならではの庭付き一軒家は、年月が経つにつれ家主が年老いて、誰も住まなくなり、取り壊される。
そしてその一軒分の土地に、3~5軒の家が密集して立つのだ。
そんな住宅が多くなってきている。

庭がなくなれば自然もなくなる。
街を歩いていて、どことなく息苦しい感じがするのは、家が密集しているのもあるが、木や自然が減ってきているのも一因だと思う。

庭木の手入れは大変だ。
夏は直ぐ伸びるし、落ち葉や雑草もある。虫も。
そういったことを回避するために、コンクリートで埋めて、少しでも手間をかけないようにしているんだろう。
確かにラクではある。

私も以前は庭仕事は全く興味がなかった。
だが、手入れをしていた祖母が身体を悪くしたので、仕方なしに適当に庭木を切り雑草を抜いた。
当初は面倒だし疲れるしで嫌になったものだが、それをしばらくやり続けると不思議と楽しくなった。

雑草を抜くコツがわかり、根こそぎ抜けるようになった。
根こそぎ抜いたあとの地面を見るのが楽しい。
緑一面だった雑草地帯が、土一色になるのだ。
やりきった~~!と達成感もある。
そうなると少し花を植えたり、花壇を作ったりとやってみたいことが増えてくる。

少しばかりある庭木も、木や低木の種類によって選定方法が異なることを知り、自分で調べながら切ってみた。
多少不格好ではあるが、自分で切るとなんとなく愛着がわく。
そうやって少しずつ荒れた庭を自分の手で手入れすることで、愛着がわき、楽しくなってきたのだ。

そうなると、好みの庭にしたくなる。
どんな雰囲気が好みなのか、よくよく振り返ってみた時に、ふと目に留まる庭というのが、雑木の庭だった。

そこだけ森のような雰囲気で、とはいえ鬱蒼とはせず、心地よいバランスで木々が植わっている。
コンクリートジャングルになりつつある住宅街のなかで、雑木の庭の家は自然なのである。
その庭に吸い込まれるような、不思議な魅力があるのだ。
窓の外から眺める雑木の庭はさぞかし癒されるだろうなあ。

いつか雑木の庭にするのが目標だ。
計画を練って実現したいことの一つだ。
そんな想いを抱えながら、雑木の庭のお宅を参考にさせていただいている。
木々を眺めながらお茶をしたり、読書をしたり、ゆるりと時間を過ごしたい・・・そんな未来にするために。

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