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借金のツケ回しで成り立つ医療提供体制…医療業界に迫る「2025年問題」とは――

医療提供体制を支えるMedTech

 来年、日本の医療提供が混乱することが予想されている。医師の働き方改革の一環として、今年4月より医師の時間外労働時間の上限規制(960時間)が適用された。既に医療現場の悲痛な叫びが、報道を通じ、耳目しているだろう。今後、医療提供体制を維持することはできるのだろうか。日本の現状と実態を理解した上で、持続可能な医療提供体制を構想してみる――。




1. 医療業界の「2025年問題」とは?

 2018年6月に働き方改革関連法案が可決され、2019年から順次施行されていたが、医療業界の特性を鑑みて5年の猶予期間がもうけられていた。そして、2024年4月から医療業務に対する罰則付き時間外労働規制(上限960時間)が適用されたのである。
 この背景には、日本の「少子高齢化」が関係している。団塊の世代である75歳以上の人口が増加し続け、2025年でピーク(3653万人)となり、その後は横ばいになる。2025年までの間、後期高齢者の使う医療サービスの財源をいかに確保するかというのが「2025年問題」である。そして、65歳以上の人口が増え続け、高齢化率がほぼピーク(3953万人)に達するのが2043年頃(2018年時点では2040年がピークと予測)と推計されている。

出所) 内閣府 「令和5年版高齢社会白書」

2. 医療は国内最大の「公共事業」

2-1. 社会保障の現状

 人口減少社会とは、並行して高齢化が着実に進展していく社会であり、そこでは様々な面で医療という領域が社会全体にとっても大きな意味を持つ。「少子高齢化」問題のコアは、生産年齢人口の減少である。支えるヒトが減少し、相対的に高齢者の割合が増えるということだ。定常状態になる2043年までは移行期であり、移行期には様々な変化が予想され、それを社会全体で支える財源が必要となるのだ。
 念のため説明しておくと、社会保障は税と社会保険料で賄われている。まずは、足元の一般会計予算を確認しておこう。

出所) 財務省 「令和6年度一般会計予算 歳出・歳入の構成」

 2024年度の一般会計歳出総額は、112・5兆円に上る。その内、借金返済に充てている部分が27・0兆円、地方に回している部分が17・7兆円ほどあり、正味の政府予算(一般歳出)は67・7兆円である。その中で社会保障の予算は37・7兆円であり、一般歳出の半分以上(55%)を占めている。
 また日本の場合、医療は公的医療保険制度のもとで提供されており、社会保険料(企業+被保険者)が約50%弱、税金(国庫+地方自治体)が約40%に上り、残り約10%が患者の自己負担で賄われており、医療はもはや国内最大の「公共事業」と言えるだろう。

 一方、社会保障の規模を国際比較するとどうだろうか。

出所) 国立社会保障・人口問題研究所
「政策分野別社会支出の国際比較(対GDP比)(2020年度)」

 社会保障の規模は、イギリスよりも若干高いレベルにあるが、他のヨーロッパ諸国やアメリカと比較すれば、決して大きいわけではない。フランスが突出して高いように見えるが、同国は年金の水準が高いため、このような結果となっている。

2-2. 社会保障給付費の増大

出所) 内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省
「2040年を見据えた社会保障の将来見通し」
(計画ベース・経済ベースラインケース) (2018年5月21日公表)

 基本的な確認となるが、2018年時点で医療と介護に49.9兆円が費やされている。給付額が一番大きい年金は、加入者への支払いが確定しているものであり、取り崩しが難しい。また2023年の合計特殊出生率は1.20となり、統計開始以降で過去最低を記録したと厚労省のまとめで分かった。これを受け、内閣官房長官は「必要な取り組みを加速する」と、子ども・子育て給付の拡大を匂わせる発言をした。また実質賃金も過去最長の25ヵ月連続マイナスを記録しており、2018年推計の2025年GDPには遠く及ばない(2023年度時点:約592兆円)。つまり、プライマリーバランスの赤字幅が拡大しており、社会保障給付額で最大となる医療と介護費用を圧縮する道しかないと考えられている。

 加えて国会では、年始にあった能登半島地震の復興支援や経済安全保障の一環としての防衛力強化等、更なる徴税を国民に課す議論(後述参照)も繰り広げられている。既に東日本大震災の復興税が課されている(2013年~2037年)にもかかわらずである。2020年度時点においては、日本はOECD加盟36カ国中22位の国民負担率(47・9%)であるが、今後その負担率は上昇する可能性が極めて高い。 

2-3. 財源の確保

 このような状況の中、国はパンドラの箱と言われ続けた主婦年金(第3号被保険者:扶養家族であれば公的保険(健康保険)に無料で加入でき、配偶者であれば公的年金(国民年金)が無料)にメスを入れたのである。なぜパンドラの箱と言われてきたかというと、約700万人いると言われている年収130万円未満の短時間労働者が支払っていなかった社会保険料を徴収することになれば、当該労働者の手取りは15%減ることになる。つまり、与党の選挙結果に影響を及ぼす可能性が高いからだ。それでも国は短時間労働者に社会保険へ強制加入させるべく、仕組みの弱体化と無力化(「130万円の壁」を「106万円の壁」へと引き下げ)を図っている。しかもこれは全事業所の短時間労働者だけを対象としたものでなく、個人経営(5人未満)、複数勤務やフリーランスも対象にしたものであり、早ければ2026年から適用される。
 そもそも会社は、会社負担:15% + 個人負担:15%(健康保険:5%、介護保険1%、厚生年金:9%)の計30%を社会保険料として日本年金機構に納めている。現状でも過去最大の倒産件数を記録しているのに、増税することになれば大半の事業者は倒産してしまうだろう。それにもかかわらず、増税に踏み切らざるを得ないということは、国民が考えている以上に日本の財政は切羽詰まった状況にあるのだろう。

 国民への追徴課税以外に、医療と介護を対象として、どのようにして財源を確保するのか。一般的には健康寿命を延ばすための予防が、最も効果が高いと信じられている。また医療費ではなく、介護費が社会保障費を圧迫している主要因であるという意見や、予防か治療のどちらか一方ではなく、費用対効果の高い医療を提供すれば、約2割程度は健康状態が改善され、医療費を下げることができるというエビデンスもある。

出所) Cohen JT, Neumann MC, Weinstein MC. 
Does preventive care save money? Health economics and the presidential candidates. N Engl J Med.
2008 Feb 14; 358(7) : 661-3.

 様々な研究結果があるものの、対象国や情報ソースが異なり、結果ありきで意図的に用意されたデータを用いて導き出されているようにさえ思える。またデータに即時性や信ぴょう性がなく、権威ある人物の発言を鵜呑みにして、社会保障費を配分しているのが日本の実態ではないだろうか。この状況を打開するために、内閣府や財務省、そして厚生労働省は高齢化率がピークを迎える2040年に向けて(現状は2043年と思われる)医療提供体制の改革に取り組んでいる。


3. 医療業界の将来構想を確認してみたものの…

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