【短編小説】至福の温泉卵
湯けむりが立ち上る露天温泉に、卵が一つ、転がり込んだ。
「はあ気持ちいい。体がとってもポカポカする」
卵はそこに居座った。
美容、健康に良いと言われているその温泉は人と卵で賑わっていた。
すべすべの肌とつるつるの殻。
「僕もつるつるになれるかな」
卵は期待して居座った。
10分経つと熱くなってきて、もうそろそろ出たくなった。
隣を見るとクールな卵はまだ浸かっている。
意を決して話しかけてみた。
「あの、いつからここにいるんですか?」
クールな卵は答えなかった。
「あの…」
「30分前。そろそろ上がり時だ」
ほかほかになった卵はそう言い残して静かに去っていった。
立つ鳥跡を濁さずとはこういうことか。
僕ももう少し我慢してみよう。
いーち、にー、さーん、しー、ごー、ろーく、しー…
何回数えたかわからなくなってきて、体がふわふわのぼせてきた。
なんだか眠くなってきた。
もうこのまま寝てしまおう…。
ほかほかの温泉で眠るのは懐かしくて、とても寝心地が良かった。
「おやすみなさい」
「はい、温泉卵100円ね」
「いただきまーす」
食べごろになった卵は暖かく濃厚で、旨味が口の中いっぱいに広がった。
温泉に迷い込んだ卵が体の中を旅するのは、また、別のお話。
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