『マクベス』第四幕第三場
マルカム わびしい木蔭でも見つけて、そこで
泣き明かさないか。
マクダフ いえ、いまこそ
決死の剣を取り、雄々しく立ちましょう、
落ちた祖国のために。朝が来るたびに
男どもを失った女子どもの悲嘆が
天地にこだましております。[…]
マルカム 貴殿がそう言うからには、そうなのかもしれないな。
あの暴君、その名を口にするだけでも舌がただれるが、
あやつもかつては誠実な男と思われ、貴殿も敬愛していた。[…]
わたしは青二才とはいえ、あの男に売れば
貴殿も恩賞にあずかれるぞ。[…]
マクダフ わたしに二心などございません。
マルカム マクベスにはあった。
[…]気を悪くしないでくれ。
貴殿を疑ってかかるわけではない。
[…]ただ、哀れな祖国が
これまで以上の悪にまみれかねないぞと言いたいだけだ、
苦しみの嵩も種類も倍増させるような男が
マクベスの跡を継げば。
マクダフ 誰のことです?
マルカム わたしだよ。[…]
マクダフ 地獄に群れる悪魔のなかにも、
悪事においてマクベスの上を行く者は
いないはずです。
マルカム たしかにあの男は残忍だ、
好色、強欲、裏切り者の詐欺師だ、
凶暴で悪辣だ。[…]だが、わたしも底なしだぞ、
淫乱にかけては。奥方、ご息女、
ばあやにねえや、いくらでも入るぞ、
わたしの肉欲の溜め池には。[…]
マクダフ […]喜んでお相手をする女はいくらでもおります。
マルカム それだけではない、
わたしは生来ねじまがった性格でね、
とめどない物欲もある。王になれば、
領地欲しさに貴族の首をはね、
宝石よ、家屋敷よとむさぼるだろう。[…]
マクダフ […]それでも、ほかの美徳がうめあわせを――
マルカム ないな、王にふさわしい美徳など。
正義、真実、節制、信念、
寛大、忍耐、慈悲、謙遜、
勇気、不屈の精神、何もない。[…]
マクダフ おお、スコットランド、スコットランド!
マルカム どうだ、こんな人間に国を治める資格があると思うか、
こういう男だ、わたしは。
マクダフ 国を治める資格?
生きる資格もないわ。ああ、いたましきは民!
王子の父君は聖者のごとき国王でしたぞ、
母君は、立つよりひざまずいているほうが多いほど、
日々を祈りにすごされた。血を流せ、血の涙を流せ、祖国よ!
もはやスコットランドにマクダフの居どころはない。
望みは絶えた。
マルカム マクダフ、その怒り、真実と見た。
まさに清廉潔白のあかし、わが魂から
黒きためらいをぬぐいさったぞ。悪鬼マクベスが
わたしを捕らえようといろいろ画策しているのでね、
わたしも知恵がついて、たやすく人を信じる心を
むしり取ってしまったのだよ。だが天の神よ、
マクダフとわれを結びたまえ。いまは
そなたの手引きに従おう。[…]さきほど挙げたわたしの欠点は
みな嘘だ。わたしはまだ女を知らぬ、
他人の物どころか自分の物にもたいして執着はない、[…]
はじめてついた嘘というのが
さきほどの嘘だったのだ。[…]
じつはすでに、そなたの来る前に、
老練のシーワード将軍が一万の精鋭を率いて
進軍を開始している。われらも合流しよう。
いくさの大義はわれらにある、願わくは
勝利もあらんことを。なぜ黙っておられる?
マクダフ 喜んでいいのかいけないのか、
どうしたものやらと。[…]
(ロス登場。)誰かな?
おお、ロスではないか、よく来てくれた。[…]
どうだスコットランドは、あいかわらずか?
ロス あわれな国だ、[…]
もはや故郷とは言えぬ、墓場だ。とむらいの鐘が鳴っても、
誰が死んだか問う者もない。[…]
マクダフ うちの妻は無事か?
ロス ああ、まあ。
マクダフ 子どもらは?
ロス そうだな。
マクダフ 暴君もまだ手出しはしていなかったか。
ロス ああ、みんな無事だった、お会いしたときは。
マクダフ あやふやにしないでくれ、どうなのだ?[…]
ロス どうかその耳でこの舌を恨んでくれるな、
貴殿の生涯にかつてなかった辛い知らせを
聞かせねばならぬのだ。
マクダフ むむ、まさか。
ロス ファイフの城が奇襲を受けた、奥方もお子たちも
無惨な最期をとげた。そのありさまを話せば、
いとしい者らの亡骸の上に
貴殿も骸となって倒れかねない。
マルカム 天に慈悲はないのか![…]
マクダフよ、泣くがよい。声に出せぬ嘆きは
胸のうちにあふれて、裂けよとこだまするものだ。
マクダフ 子どもらもか?
ロス 奥方、お子たち、家の者ら、
屋敷にいたものは皆。
マクダフ おれだけがいなかった!
妻も死んだか?
ロス そうだ。
マルカム 気を強く持て、
このむごい悲しみを癒す薬はわれらに一つ、
復讐だ。
マクダフ やつには子がないのです。うちのかわいいやつら、一人残らずか?
一人残らずか? 地獄の鷹め! 一人残らずか?
かわいいひよこも母鳥もみんな
さらって行ったか?
マルカム 男なら立て。
マクダフ 立ちます。
だが男にも涙はある。
あれらのすがたが目に浮かぶ、
何より大事だった。天も見殺しか、
助けてはくださらなかったのか? おれが悪いのだ、
あれらに罪はない、おれのせいで、
みんな殺されてしまった。安らかに眠ってくれ。
マルカム この痛みで剣を研ぐのだ。悲しみを
怒りに変えるのだ。気を落とすな、燃えあがれ。
マクダフ […]天よ、いますぐ、一足飛びに、
あの悪魔とおれを引きあわせ、この剣の前に
やつを突き出してくれ。それでもやつが逃げおおせるなら、
そのときは、天よ! やつを許したまえ。
マルカム よく言った。
さあ、イングランド王のもとへ。われらの軍はすでにととのい、
あとは暇乞いをするばかりだ。マクベスの命運は尽きている、
一押しで落ちよう。[…]あるかぎりの勇気をふるい起こせ、
朝の光が見えるまでは、夜は長いものだ。(一同退場。)