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『マクベス』第二幕第二場

いよいよ暗殺決行の時。ひとり耳をすませて待つマクベス夫人のもとへ、血まみれの手をしたマクベスが戻ってきます。
「もはや眠るな、マクベスがいま眠りを殺す」――名台詞、名場面です。

陰惨すぎるストーリー。よく考えるとわりと計画がザルなマクベス。
でもいまだに世界中の人が熱狂してしまうのは、ひとえに、かっこいい台詞が多いからなんでしょうね。無駄に(笑)。
だってしびれますもの。

ちなみにマクベス、「おびただしい波涛[はとう]を朱[あけ]に染めあげるだろう、/青い海を赤く」って同じことを二度言ってますけど、しかも二度めのほうがちょっとダサめですけど(笑)。
私の推測ではこれ、インテリのお客さんの受けをねらいつつ、学校行ってないような立ち見のお客さんもとりこぼさないようにっていう、シェイクスピアの気づかいだと思うんですよね。研究者でこれ言ってる人いないんですけど、自分たちで実際に舞台にかけてみるとわかります。

ちなみにちなみに、マクベス夫人の「水が少しあれば(血は)きれいに消えるわ、たやすいこと」という台詞、大事な伏線なので、覚えておいてくださいね。テストに出ますよー(何の?)。

文中の[…]は原文を省略した箇所です。
太字はとくに有名または/そしてサラのおすすめ台詞です。

マクベス夫人 あの二人を酔わせたものがわたしを力づけた、
 二人ののどをうるおしたものがわたしを燃えたたせた。しっ、静かに。
 いまのはフクロウ、この世の別れを告げる
 するどい闇の声。あの人が始めるところね、
 扉は開いている。[…]
マクベス  (舞台裏で)誰だ、おい!
マクベス夫人 ああ、あの二人が目をさましたのかも、
 だめだったのね。途中で見つかったら
 わたしたちは破滅。しっ。[…]寝顔が父に似ていなければ
 わたしがやったのに。

 (マクベス登場。)あなた!
マクベス やったぞ。何か聞かなかったか?
マクベス夫人 フクロウの悲鳴と、コオロギの泣き声だけ。
 あなたこそ何かおっしゃった?
マクベス          いつ?
マクベス夫人          いま。
マクベス              下りてくるときか?
マクベス夫人                    ええ。
マクベス しっ。(手を見る)なさけないざまだ。
マクベス夫人 ばかなことを、なさけないざまだなんて。[…]
マクベス 一人が「神よお慈悲を」、もう一人が「アーメン」と叫んだ、
 処刑人の手をしたおれを見たかのように。
 その恐怖の叫びを聞いて、おれは「アーメン」と言えなかった、
 やつらは「お慈悲を」と言ったのに。
マクベス夫人           考えすぎてはだめ。
マクベス なぜ「アーメン」と口に出して言えなかったのだろう、
 おれこそ神の慈悲が必要なのに、「アーメン」のひとことが
 のどにつかえた。
マクベス夫人  こういうことはそんなふうに考えないで、
 でないと気が狂ってしまう。
マクベス 誰かが叫ぶのを聞いた気がしたんだ、「もはや眠るな、
マクベスがいま眠りを殺す」――無心の眠り、
 もつれた悩みの糸を巻きとってくれる眠り、
 昼間の苦労を無に返し、疲れをほぐす湯浴ゆあみ、
 心の傷に塗る薬、大自然のあたえる美食、
 人生のうたげにおける最上の甘露――

マクベス夫人              何のこと?
マクベス なのに叫んでいた、屋敷じゅうに、「もはや眠るな」と、
 「グラームズが眠りを殺した、よってコーダーは
 もはや眠れぬ、マクベスはもはや眠れぬ」

マクベス夫人 そう叫んだのは誰? ね、あなた、
 せっかくの頼もしさも、そんなふうに気に病むと
 だいなしよ。さ、水を取ってきて、
 けがらわしい証拠を手から洗い流しておしまいなさい。
 どうしてその短剣を持ってきてしまったの?
 置いてこなければだめでしょう。持っていって、あの二人の
 寝ぼけ顔に血をこすりつけておやりなさい。
マクベス                もう行くものか。
 やってしまったことを考えるだけでぞっとする、
 もう一度目にするなど無理だ。
マクベス夫人        意気地のない!
 短剣をかして。眠った者や死んだ者は
 ただの絵と思えばいいの。悪魔の絵を見て怖がるのは
 子どもだけでしょう。まだ血が流れていたら、
 わたし、その血で、あの二人の顔にお化粧をしてきます、
 彼らのしわざに見せなくては。(退場。)
 (舞台裏で戸をたたく音。)
マクベス         誰が戸をたたく?
 どうしたのだ、おれは、どんな音にもぎょっとする。
 何だ、おれの手は、ああ! 自分の目をえぐってしまいそうだ。
 海神わだつみの大海原でこの手の血を洗えば
 清められるか? いや、逆に、この手が
 おびただしい波涛はとうあけに染めあげるだろう、
 青い海を赤く。

 (マクベス夫人ふたたび登場。)
マクベス夫人 わたしの手もあなたのみたいにまっ赤、でも心臓は
 あなたのみたいになま白くはなくてよ。
 (戸をたたく音。)         戸をたたいている、
 南門で。部屋にもどりましょう。
 水が少しあればきれいに消えるわ、
 たやすいこと。
いつもの落ち着きは
 どうなさったの?
 (戸をたたく音。)しっ、まだたたいている。
 夜着よぎをお召しなさい、誰かが呼びに来たら
 夜通し起きていたとわかってしまう。ぼうっとしないで、
 しゃんとしてくださいな。
マクベス やったことを思うと、意識をなくしたいくらいだ。
 (戸をたたく音。)
 たたけ、たたいてダンカンを起こしてくれ、起こせるものなら。
 (両人退場。)




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実村 文 (theatre unit sala)
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