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『マクベス』第五幕第一場

マクベスの城内、深夜。夫人の侍女が、お城づとめのお医者様と、何やらひそひそ話しています。
《マクベス夫人狂乱の場》として名高いシーンですが、じつは狂乱じゃないですね。たんなる夢遊病、睡眠時遊行症ですね。いや「たんなる」じゃないけど。りっぱな病気だけど。とにかく、「うぎゃー!」とはなってない。まばたきしないで、ぶつぶつ言ってるだけ。そのほうが怖いと私は思うんだけど、たいていの上演では女優さんがはりきっちゃって「うぎゃー!」やるから、正直観てて引きます。違うよと言いたい。
実在する睡眠障害の一つで、子どもに多く、成人の場合はじつは圧倒的に男性が多いのだそうですが、夢遊病と言えばハイジかこのレディ・マクベスかというくらい定番のイメージ。ちなみに二十一世紀の現在、いまだに有効な治療法はないのだそうで……。

レイアウトがいつもと違うのは、このシーン、最後の数行をのぞいて「散文」で書かれているんです。つまり「普通の文体」で。
じゃあ普通じゃないのって何なのというと、「韻文」ですね。シェイクスピア、基本的に一行十音節で書かれているので、「祇園精舎の鐘の声」みたいにリズムがあるんですけど、このシーンにはそれがないんです。ふつうのサスペンスドラマみたいなテンポ感なんですよ。リアルに。
そのひりひり感が、上演のときにも出せるといいんですけどねー。

文中の[…]は原文を省略した箇所です。
太字はとくに有名または/そしてサラのおすすめ台詞です。

(マクベス夫人、ろうそくを手にして登場。)
侍女 ほら、おいでになりました。いつもああなのです、あれで本当に眠っておいでなのです。[…]
医師 目を開けておられるではないか。
侍女 ええ、でも何も目に入っていないのです。
医師 何をなさっているのだ、そら、手をすりあわせて。
侍女 かならずあれを、まるで手をお洗いになるみたいに。十五分もおつづけになることも。

マクベス夫人 まだここに、しみが。

医師 しっ。何か言われた。[…]

マクベス夫人 消えて、いやなしみ、ねえ、消えて。ひとつ、ふたつ。さあ、時間です。地獄は暗いわね。いやだわ、あなた、軍人なのに怖いの。[…]まさか、あのお年寄りに、あんなに血があるなんて。

医師 聞いたか、いまのを?

マクベス夫人 (歌う)ファイフの奥方、いまはどこ?――ああ、この手は二度ときれいにならないのかしら? やめて、あなた、やめて、そんなにうろたえては、何もかもだいなし。

医師 いやはや、おまえさんも、知ってはならないことを知ってしまったね。
侍女 だって、お妃さまが、言ってはならないことをおっしゃるのですもの。[…]

マクベス夫人 まだ血の臭いがする。アラビアじゅうの香水をふりかけても、このちっぽけな手の臭いは消えない。ああ、ああ、ああ!

医師 なんというため息だ。心臓に負担がかかりすぎだ。
侍女 わたし、あんな心臓をかかえるくらいなら、あのかたのご身分にけっしてなれなくていいです。
医師 やれやれ、なんとも――
侍女 なんともならないものでしょうか?

マクベス夫人 手を洗って、夜着をお召しなさい。そんな青い顔をなさってはだめ。いいこと、バンクォーは土の下、お墓からは出てこられないの。

医師 そういうことか。

マクベス夫人 寝ましょう、寝ましょう。門をたたく音が。さ、さ、さ、さ、お手を。やってしまったことはとりかえしがつかないの。寝ましょう、寝ましょう、寝ましょう。(退場。)

医師 あれで寝に行かれるのか。
侍女 まっすぐに。
医師 お妃さまに必要なのは、医者ではなく、司祭だな。
 神よ、どうかわれらをみな許したまえ。
よく看てさしあげなさい、
 先のとがったような物は近くに置かず、
 いつも目を離さぬように。では、おやすみ。
 わたしの心は乱れ、目はくらむ。
 思うことはあるが、口には出せぬ。
侍女              おやすみなさい。(二人退場。)




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実村 文 (theatre unit sala)
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