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『マクベス』第二幕第三場・第三幕第一場・第二場

戸を叩いていたのはマクダフ。ファイフという土地の領主で、勇猛実直な性格の持ち主です。ダンカン王みずからの言いつけで、王を朝早く起こしに来たのでした。モーニングコールだったのですね。
何も知らずに王の寝室をおとずれたマクダフ、仰天して飛び出してきます。早鐘が鳴らされ、城じゅうの者が駆けつけてきます、もちろん、当のマクベス夫妻も。ショックを装う二人がみごとな連携プレーを見せる場面です。

ところで、殺されたダンカン王の後継ぎの王子マルカムと、弟ドナルベインは、とっさの判断でこの場を去って亡命します。渡りに船とマクベスは、王子たちに罪を着せます。王子が護衛を買収して、王を殺させたのだ、と。
おかしな話です。じきに次の王になれるはずのマルカムに、父君を殺す理由があるでしょうか。皆、それに気づかないほど愚かではありません、マクダフも、そしてバンクォーも。けれども誰も言い出せないのです。誰も。――わかりますよね。誰もがおかしいとわかっているのに、それでも平然と事が進んでいく、この感じ。ねえ。ほんとに。

こうして、いよいよ、マクベスに、念願の王冠が回ってきました。
マクベス夫妻は、幸福の絶頂――と思いきや、そうではありません。日夜、不安にさいなまれる毎日です。

文中の[…]は原文を省略した箇所です。
太字はとくに有名または/そしてサラのおすすめ台詞です。

【二幕三場】
マクベス夫人 何ごとです、朝から?[…]
マクダフ ご婦人にお聞かせできることではない。[…]
 おお、バンクォー、バンクォー、陛下が殺された!
マクベス夫人 何ですって! 私どもの邸で?
バンクォー どこであろうと残酷ではないか。頼むマクダフ、
 嘘だと言ってくれ、まちがいだったと。
マクベス いっそこの惨事の一時間前に死んでいれば
 幸せな人生だった。
今この時から、
 人の世に生きるに値するものは何もない。
 すべてはがらくた、名誉も美徳も死んだ。
 いのちの酒は尽き、この世という酒蔵さかぐらには
 とるにたらぬかすばかりだ。
[…]
 ああ、しかし早まった、怒りのあまり
 あのお付きの者どもを殺してしまった。(一同絶句。)
 ……目の前に王が横たわっているのだぞ、
 白銀しろがねの肌に黄金こがねの血の糸を引いて、[…]
 そのそばに、人殺しどもが、
 おのれの流した血に染まり、剣も血糊を穿いたままだ。
 王に忠義あり、また忠義を示す胆力ある者ならば、
 誰がためらうだろうか?
マクベス夫人     わたし、倒れそう、ああ!
マクダフ 奥方が! 誰か介抱を!
マルカム (ドナルベインに傍白)なぜ黙っている、われわれは?
 この騒ぎの当事者ではないか。
ドナルベイン (マルカムに傍白)でも何が言えます、
 今ここで、運命がきりの穴を突いて
 襲いかかろうとしているこの場で。逃げましょう。
 まだ涙も湧かない。
マルカム     胸を圧する悲しみも
 動き出さない。
バンクォー  奥方が! 誰か介抱を![…]
マルカム どうする? あの連中からは離れよう、
 心にもない悲しみを示すのは、裏切り者の
 得意技だ。
わたしはイングランドへ行く、
ドナルベイン わたしはアイルランドへ。別行動のほうが
 おたがい安全です。ここでは微笑のかげに
 短剣がひそんでいます。血縁の近い順に
 血を流す危険も高い。
マルカム   […]馬を出そう、
 気取っていとまごいなどしている場合ではない、
 すぐに発とう。非礼もこのさい許されよう、
 許しがたい非道の場を辞するのだから。(王子たち退場。)

【三幕一場】
マクベス このままでは安心できない、安心が続かなければ。
 バンクォーの生きている一瞬一瞬がやいばとなって
 おれの心臓のぎりぎりのところを突いてくる。[…]
 あの男は、魔女どもがはじめておれを王と呼んだとき、
 叱りつけて自分にも言えと命じた、するとやつらは
 予言者きどりで代々の国王の父と呼びかけた。
 おれの頭には花の咲かぬ王冠を載せ、
 おれの手には実らぬ王笏おうしゃくを握らせ、
 それを血のつながりのない手にもぎとらせて、
 おれの子には継がせないのか。
そうなら、
 バンクォーの子孫のためにおれは魂をけがし、
 慈悲ぶかいダンカンを殺したことになる。
 心の平安という器に憎しみを盛ったのも
 バンクォーの子孫のため、永遠のいのちという宝石を
 万人にあだなす悪魔に売りわたしたのも
 やつらを、バンクォーの子孫を、王にするためだったのか!
 そうはさせるか。[…]
 いいかバンクォー、きさまの魂は
 今夜飛び立つ、天国を見つけるがいい!
(退場。)

【三幕二場】
マクベス夫人 みんな無意味、みんな無駄、
 望みをとげても満たされない。
 殺されたほうが安心ね、
 殺して、おびえながら生きるよりは。

 (マクベス登場。)
 どうなさったの、あなた、なぜずっとお一人で、
 つらいもの思いにふけっているの?[…]
 とりかえしのつかないことは考えないようにしなくては、
 すんだことはすんだことでしょう。
マクベス おれたちは蛇を斬ったが、息の根を止めてはいない。[…]
マクベス夫人                      やめて、あなた、
 そんなにけわしいお顔をなさらないで、明るく、楽しくね、
 今夜はお客様がたが……[…]
マクベス おれの心にはさそりがひしめいているのだ、
 バンクォーも、フリーアンスも、生きているからな。
マクベス夫人 でも、いのちには限りがあるものよ。
マクベス そう、ありがたい話だ、やつらも殺せば死ぬ。
 だから今夜は楽しんでくれ。[…]何かが起こるはずだ、
 恐ろしくなくもないことが。
マクベス夫人       どんなこと?
マクベス おまえは知らないままでいてくれ、いい子だから。
 あとで拍手してもらおう。[…]暗くなってきたな、からすも
 ねぐらの森に帰っていく。[…]
 そう不思議そうな顔をするな。落ちついているがいい、
 悪事の始末には、悪事を重ねるしかない。
 さあ、行こう。(両人退場。)




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実村 文 (theatre unit sala)
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