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翻訳AIは王さまが裸でも気づかない(透明なシェイクスピア(5))

話題になっている、翻訳家さんの記事を読んだ。(ていうかいまさら)

読んで、とても哀しく、はずかしい気もちになった。
私、
「シェイクスピアの下訳を翻訳AIがやってくれないかな?」
なんて考えていた不埒者だから。

だって平均余命を考えたとき、たぶん私には、
いまからシェイクスピア全作品、三十数本を訳している時間は、ない。
やらなければならないことが他にたくさんありすぎる。
サラの公演とか、自分の小説執筆とか、
二度寝とか。笑

で、思ったのだ。
「そうだ、最近流行りの『生成AI翻訳』というのに下訳をしてもらって、
私は仕上げだけすればいいんじゃない?」
ワーオ!
(こういうのを「ポストエディット」と言うそうですね。)

でね、Google翻訳にかけてみましたよ。
結論から言うと、だめでした。

何がどうだめか、というのが面白かったので、
というか怖かったので、
よかったら最後まで読んでください。



◆AIは「王さまは裸だ!」と言えない

『ハムレット』三幕一場、例の"To be, or not to be"の部分。
Google翻訳、たしかに数年前とは桁違いの精度にびっくり!
でもね、

To be, or not to be, that is the question;
Whether ’tis nobler in the mind to suffer
The slings and arrows of outrageous fortune,
Or to take arms against a sea of troubles,
And, by opposing, end them.

生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ。
過酷な運命の矢や石に耐える方が
精神的に高貴なことなのか、
それとも、苦難の海に武器を取って立ち向かい、
それに終止符を打つ方が、精神的に高貴なことなのか。

Google翻訳による

うん。笑
だからね。笑

だから! 「生きるべきか死ぬべきか」は誤訳なの!!

ふっ……
↑余裕とも絶望とも言い難い笑み

だろうと思いましたけどね。(タメイキ)
だってAIは、世の中にたくさん出まわっているデータを学んで、
最大公約数を出してくるだけ、
つまり、大多数が言ってることを言うだけ、でしょ?

細かい部分の間違いはね、
("in the mind"と"to suffer"は韻律の関係で本来の語順から入れ替わっているので「精神的に高貴」は誤り。"in the mind"は"to suffer"にかかり「心の中で耐える」が正解だけど)
そんなことは、いいんです。たぶん近い将来もっとビッグデータが投入されれば解決してしまう。
そうじゃなくて。

大事なのはね。
今、現在、大多数によって正しいとされてしまっていることがね。
本当に正しいのか?
間違っているんじゃないのか?

そういう疑問は、AIからは出てこない、ということなんです。
少なくとも、現時点のAIからは。

ここ、超・強調したいんですけど。
noteさん、赤とか四倍角とか実装してくれないかな。

AIは「王さまは裸だ!」とは言えない。(少なくとも、今はまだ。)
「王さまの新しい服、素敵!」としか言えない。
みんなが言っていることしか言えない。

それ、ものすごく危なくないですか。


◆世界から猫、じゃなくて人間の翻訳が消えたなら


人間の翻訳は消滅しない、です。

大半が、お金にならなくなってしまう、けど。

いままでに翻訳や執筆でほぼ一銭も稼げてなく身銭切ってばかりでこのままのたれ死にそうな私が言って、何の説得力があるのか、まして希望があるのかわかりません。ごめんなさい。
と言うか私も困るんですけどお金にならないと! 貧困老年まっしぐら!
でもとにかく、消滅しません。
できないです。

平野さんの仰るように、
もしいま翻訳家の仕事がAIの「仕上げ」だけになっているなら、
「いまやAIの監督者と化した翻訳者たちは
研鑽を積み修羅場を踏んで鍛えあげた刃をふるい
剪定に摘心、ときに株分けをすれば事足りる」
もしいま現場でそういうことになっているなら、
まずいです。
根っこと幹を機械が担当、人間は枝葉、
それはまずい。
根幹は人間が担当しないと危ない。

なぜって、
平野さんの仰るように、
人間の翻訳=「職人が手ずから仕込んだ、濃厚な味わいの豆腐」
AIの翻訳=「工場で作られた、それなりに食べられる豆腐」
という、味わいの違いだけには、とどまらないんです。

その豆腐に、異物が入っていた場合、
極端な話、毒が入っていた場合、
機械は見抜けない。

機械は毒食べても死なないですからね。
死ぬのは人間だけだから。

だから、むしろ問題は、
手作りの豆腐が、工場の豆腐と比べて、
あまり違わない出来だったら、

ってことです。
わたし豆腐好きなんでいろいろ食べましたよ。でわかったのは手作りだからっておいしいとはかぎらない。なんならスーパーの豆腐よりまずい手作り豆腐あるじゃないですか。きれいに装丁されて大書店で売られているのになにこれ?大学模試の答案?ってレベルの翻訳書いっぱいあるじゃないですか。すみません豆腐の話でした。
じゃなかった翻訳の話でした。

つまり、問題は、
翻訳AIと同じレベルの見落としを、
人間の翻訳がずーっとしてきてしまっていたら
、ってことです。
(”To be"と"not to be"がそれぞれ「耐え忍ぶ」と「立ち向かう」に対応している、つまり、
「生きるか/死ぬか」ではなく「このまま生きるか/いまの生き方をやめて立ち上がって戦うか」なんですよ)

人間の翻訳がずっと見落とし続けてきた間違いを、
AIが見抜くことはない。
このまま再生産しつづける。

このまま。
まさに。
それが問題じゃないですか。

これが例えば、もっと重大なヘイトにかかわるフェイクだったとしたら?
ぞっとしませんか。
毒入り豆腐が、世界中にばらまかれつづけるんですよ。

◆人間だけにできること


もう一度書きます。
人間の翻訳も、執筆(文章生成)も、なくなりません。
お金になる翻訳の仕事は激減して、平野さんも私も(同じにしてごめんなさい!)さしあたっては他の収入を探さなくちゃいけないと思うけど、
人間の翻訳そのものは、なくなりようがない。
だって、

AIにできなくて人間にだけできる、
大事なことが、
少なくとも一つあるから。

それは、疑問を持つ、ということです。

これでいいのか?
このままでいいのか?
って疑問を持つことなんです。
まさに、ハムレット。

そう、むしろ問題は、
平野さんも仰るとおり、
人間が、疑問を持たないことなんです。

「持たなくなる」とは書きません。
いままでだって持ってこなかった。

だから、逆に、
いまからでも遅くはないと思うんです。



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実村 文 (theatre unit sala)
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