「宮廷女官チャングムの誓い」を語りたい!
十数年ぶりに見た、2003年の韓国ドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」の感想です。ミン・ジョンホとの恋の行方、愉快なおじさん仲間たちなど、7つのトピックを書きました。
※ネタバレあります。また「7.追記」には小説のネタバレが多数ありますので、ご注意ください(これから小説も読むつもりの方は、読まれないことを推奨します。逆に読む予定はないけれど内容を知りたい!という方にはオススメです)。
※この記事は自分のwebサイト(2021.9.20掲載)からの転載です。
1.はじめに
私が初めて見た韓国ドラマは「宮廷女官チャングムの誓い」でした。レンタルビデオ店で何気なく借りたDVDを見始めたら止まらずに、夜通しディスクを入れ替えては再生し入れ替えては再生し、当時は徹夜明けで仕事に行くほど夢中に。毎話クリフハンガーのラストにハラハラしながら、全54話を数日間で完走しました。いつかまた見たいと思いつつ「途中で止められないんだよなぁ」と躊躇していましたが、Amazon Prime Videoの再配信を機に、十数年ぶりにチャングムたちと再会を果たしました!
2.チャングムとミン・ジョンホ
物語の見どころの一つは、なんといっても主人公・チャングムとミン・ジョンホの恋模様。チャングムは女官(王と婚姻関係をもつと見なされる)であり、王の臣下であるミン・ジョンホとの恋愛はまさに禁断の愛といえます。しかし雪崩のように困難が訪れるチャングムにとって(そして視聴者の心の平穏にとっても)、ミン・ジョンホは欠かすことのできない存在です。ピンチに陥ったチャングムの陰にはいつもミン・ジョンホの姿あり。書庫で本を借りるときも小麦粉を探すときも味覚を失ったときも保母尚宮の寺に行くときもハン尚宮の救出にも硫黄アヒル事件の裁判でも、ミン・ジョンホは彼女を励まし、助け、奔走します。彼がいなければ、チャングムは志半ばで息絶えていたかもしれません。
また、彼にとってチャングムは愛する女性であるばかりではなく、命の恩人でもあります。本来、職務に忠実なはずのミン・ジョンホが君主を裏切る恋愛に突き動かされる姿も、恋愛感情に恩人への感謝の念が加わったものと考えると納得でき、彼が命を懸けてチャングムを救おうとする行動にも説得力がありました。
そんな二人の恋模様、思わず「ミン・ジョンホー!!!」と叫びたくなる場面が二つありました。一つはチャングムが済州島に流刑されたとき、もう一つは疫病の村に置き去りにされたとき。
最初の場面、彼は愛するチャングムが命の恩人でもあると知り、居ても立っても居られずに官職を捨てて(結果、機転を利かせた上司が済州水軍万人に任命しますが)流刑先の済州島まで追いかけていきます。済州島のチャングムは、最初こそ逃走をくり返し不穏な空気が漂いますが、ミン・ジョンホと再会し、首医女・チャンドクや崇拝者(?)の将校・パク・クマンにも囲まれて、波乱続きの宮中生活からはなれて束の間平穏な日々を過ごします。後にミン・ジョンホが述懐するように、私もチャングムの笑顔を見ながら、ずっとこの穏やかな日々が続けばいいのにと願ってしまいました。
二つ目の場面では、疫病の村に置き去りにされたチャングムを救出するため、彼は職務を離脱して封鎖された村に戻ります。仲間たちから見放されたと絶望の涙を浮かべるチャングムとミン・ジョンホとの再会は涙が止まりませんでした。村人に敵視されて危険な状況ではありますが、宮中と違って陰謀や策略の横やりもなく、互いを信じて窮地を脱出しようと行動する二人の姿が清々しくもある場面でした。
3.復讐と政治的対立
このドラマの軸は二つあると考えます。一つは、母とハン尚宮の名誉を回復させたいというチャングムの物語。もう一つは、オ・ギョモたちの悪事を取り締まりたいというミン・ジョンホたちの物語。
チャングムの個人的な復讐はミン・ジョンホとの出会いにより、彼の上司・パク・ミョンホンたち士林派と、勲旧派であるオ・ギョモやチェ一族たちとの政治的対立へと絡み合っていきます。このドラマには、緻密な脚本、役者さんの見事な演技、美味しそうな宮廷料理や東洋医学の知識、キャラクター造形の豊かさ、切なくも美しい音楽と数々の魅力がありますが、そんな魅力のひとつが、物語に二つの軸を与えたことでより深く壮大に展開された点であると考えています。
4.おじさんパラダイス
さて、このドラマ、とにかくおじさんの登場人物が多いのです。若い青年はミン・ジョンホ以外にほぼ皆無(そんな彼もチャングムより6歳年上ですが)。そしてこのおじさんたちのキャラが味わい深い!のです。
チャングムの養父であるカン・ドックは、妻の尻に敷かれた陽気なお調子者。だけど情に厚く、チャングムがピンチのときはいつも夫婦で駆け回ってくれます。また、済州島では逃走するチャングムに手こずる将校・パク・クマンが、内医院ではおとぼけ医官・チョ・チボクが、彼女の味方となり力を貸してくれます。この三人のおじさんたちは登場するだけで場面がコミカルになり、緊迫続きの物語の清涼剤のような存在でした。
多栽軒で出会った、後のチョン・ウンベク医官と内医院のパク・ウンス医官は、チャングムのよき師匠です。飄々としたチョン医官と、一見無表情のようで眉や目のささいな動きで感情を表現するパク医官(口をすぼめた、ちょっぴり拗ねたような表情が可愛い)の愛嬌のあるおじさんコンビ、いい味出しています。
チョン尚宮と親交があった内侍府の長番内侍は、親戚のおじさんのように厳しくも温かくチャングムを見守ってくれます(王とチャングムの会話中、ひっそりと頷く姿にほっこりしました)。
敵役で憎らしかったチョン・ユンス医官も、王の誤診で免職となる場面では、ひとり宙を見つめる姿に胸が締めつけられました。根っからの悪人ではなく、心の弱さから悪事に加担した彼のキャラクターがよく表現されていた場面だと思います。あのチェ・パンスルさえ、ハン尚宮と同じ最期を迎えた姿にほろ苦さが残りました。流刑に処せられたオ・ギョモたちとは違い、両班ではない彼の刑の重さに当時の身分差別の大きさを感じます。
5.気になる点
今回は二度目の視聴であることと、自分が年齢を重ねたこともあり、ドラマのなかでは気になる点もありました。まず、チャングムが味覚がなくなった場面。食材や調味料をなぎ払う描写には疑問が残りました。料理人であるチャングムがあのように乱暴に食材や調味料を扱うでしょうか(後日読んだ小説版では、お湯のなかに舌を入れようとする描写があり、そちらのほうが派手さはありませんが彼女らしいと思いました)。
次に、母の料理手帖を帳簿のしおりに使う場面。この手帖はチャングムにとって、ハン尚宮に懇願されても見せられなかった大切な母の形見のはずです。「えっ、チャングム、ここでしおりにしちゃう⁈」と見ていてハラハラ。物語の展開のためとはいえ、ちょっと強引な気がしました。
そして、チャングムの父親の消息も気になります。物語の中盤でミン・ジョンホが「生きているかもしれない」と言い、伏線があるのだと思いましたが、結局、謎のままでした(自分の記憶違いで、終盤で流刑になったミン・ジョンホが、チャングムの父親と知らずに出会い、持っていたノリゲで気づく……といった展開があるかと思っていました)。
最後に、王の主治医となったチャングムが彼に手術を懇願する場面。「女人としても」という台詞に違和感がありました。このドラマは、チャングムが女性であることで王の愛情を得て地位を高める物語ではなく、女官や医女という職業を通して地位を得ることを目指す物語であると受け止めています。それが一転して、医女としても女性としても王に惹かれている、と告白するような台詞が腑に落ちませんでした。あくまで恋愛感情は挟まずに、プロフェッショナルとして仕事に取り組む姿勢を貫いたチャングムが見たかった、というのが正直な思いです。
(史実としては、王とチャングムの間には恋愛感情があったのかもしれません。しかしドラマのなかで描くなら、最初から王とチャングムの恋愛の物語にするか、序盤から王とミン・ジョンホ、チャングムの三角関係として描かれていたほうが自然であると思いました。視聴者としては、チャングムとミン・ジョンホが長い時間をかけて築いた絆を、終盤でいきなり王が横やりを入れてきて「あれれ?」と拍子抜けするような気分でした)
付け加えると、最終話で二人が逃げたあと、一気に8年後に飛ぶのはもったいないなぁと思いました。第1話のチャングムの両親になぞらえた演出だと思いますが、ずっとチャングムの視点から見ていた物語が、突然、俯瞰的な視点に変わり歴史の一コマを眺めるような気分になりました(せっかくなら、二人が逃亡の最中どんな言葉を交わして夫婦になったのか、第50話の雪道のようにその過程を見たかったです)。
6.おわりに
このドラマは全54話のうち、前半の女官編が1-27話(うち子ども時代が5話まで)、中盤の済州島編が28-31話、後半の医女編が32-48話、終盤の大長今編が49-54話という構成です(○○編はここでの仮称)。
物語の軸は二つと先述しましたが、ドラマのタイトル(韓国語版)が示すとおり「大長今」がこの物語の最終地点となっています。「予の体のことは医女長今(チャングム)が知るなり」と、1544年に『朝鮮王朝実録』に記された一文からこの長い物語が誕生しました。主人公・チャングムは実在の人物であり、王の主治医を務めた女性であると言われています。しかしその詳細はあまり残されていないようです。
これは憶測ですが、当時、チャングムの周囲にいた人間は、ドラマと同様に懸命に彼女の名を歴史に刻もうとしたのではないでしょうか。後宮に迎えよという意見もあったなかで、実力のある人間であれば貴賤や男女の別を問わず登用させようとしたミン・ジョンホのような人間がいたのかもしれません。王もまた、進歩的な考えを持つ人間であったのかもしれません。その結果、チャングムの存在は歴史のなかに消えることなく、この一文に残されたのではないでしょうか。
この記述については「王の主治医ではなくただの医女である」という解釈もあるようですが、「事実は小説より奇なり」という言葉もあります。約五世紀前の朝鮮王朝時代、王やチャングム、また周囲の人びとにどんな人間模様が存在したのか、歴史に記された一文から、監督のイ・ビョンフン氏と脚本家のキム・ヨンヒョン氏は彼らの物語の金脈を掘り起こしたのかもしれません。
素晴らしい脚本が素晴らしい役者さんたちに演じられたとき、ドラマには魔法のような化学反応が起こります。ハン尚宮やチョン尚宮の死の悲しみも、残されたチャングムやヨンセン、ミン尚宮たちの心のなかに生きていることで救われた気分でした。ひとを射殺せそうなチェ尚宮のひと睨み、クミョンの苦悶にゆれる双眸、ミン・ジョンホがチャングムに向ける慈愛のまなざし、チャングムの湧き水のように澄んだ瞳。物語を生き生きと映す彼らの目は、見る者を16世紀の朝鮮王朝時代へと誘ってくれます。
人生に疲れたとき、迷ったとき。このドラマは大河のように目の前を流れ、チャングムが、ミン・ジョンホが、ハン尚宮が、クミョンが、この物語に登場するすべての人びとが、その生き様を見せながら、力強く(そしてユーモアも忘れずに)生きていきましょう、とそっと背中を押してくれるような気がします。ちなみにもしも私が女官になるのなら、ミン尚宮のもとでチャンイと一緒につまみ食いをしながら、細く長く生きていきたいです。
7.追記(ドラマと小説(脚本)の違いなど)
後日、脚本を元にした小説を読んだので何点か追記します。※ネタバレあります!
【チャングムの父親】
チャングムの父親は甲子士禍により処刑されたそうです。元の脚本では、チャングムがピンチに陥ると仙人のように空を飛んで助けにくる、という(衝撃の)設定があったそうですが、もしもその設定が生かされていたらミン・ジョンホも出番がなくて真っ青ですね。ちなみに父親の身分は中人でした。
【登場人物たちの年齢】
史実どおりであれば、王の中宗は1488年に生まれ、1544年に56歳で亡くなっています。彼の即位は1506年、18歳のときです。そのとき、宮中での暮らしが始まったチャングムは10歳。司馬試を主席合格したミン・ジョンホは16歳。……とすると、最終話で王がチャングムを逃がしたとき、彼女は46歳、そして54歳のミン・ジョンホと再会したことになります。
それから8年後、54歳のチャングムはミン・ジョンホと一緒に娘を連れて宮中を訪れる……絶対にないとは言い切れませんが、現代でもかなりの高齢出産にあたり、当時の人びとの寿命も考えると、ちょっと無理がありますね。彼らの年齢については、史実と異なる歴史ファンタジーとして捉えたほうがよいと思いました。
【ドラマと小説(脚本)との違い】
小説は脚本を元に書かれていて大筋はドラマと似ていますが、いくつか異なる部分(特に女官編ラスト以降)もありました。ハン尚宮の死とチャングムの流刑の場面では、硫黄アヒル事件は登場しません(内医院が誤診を水刺間に責任転嫁するのは同じです)。チャングムの流刑の場面では、ミン・ジョンホは彼女に追いつきますが、彼女のノリゲを渡して別れます。その後、中盤の済州島では、倭寇の襲撃まで彼の登場はありません。
首医女・チャンドクは伴官の妾で、将校・パク・クマンや、後半では寡黙な医官・パク・ウンスやおとぼけ医官チョ・チョボクたちは登場しません。ミン・ジョンホは三年前に妻と死別しています(ドラマでは保母尚宮の寺のお堂で、彼が礼をする描写がありますが、小説ではその場面が亡くなった母親と妻の法事であると言及されています)。
またクミョンは最高尚宮ではなく淑媛(ドラマでは双子の死産は王妃ですが、小説ではクミョンのエピソード)となり、ヨンセンは提調尚宮(彼女は追放されていません)の計略で後宮に入れられようとしますが、逃げだします。医女編では新たな敵役・ヨリは登場しないため、疫病の村に取り残されるエピソードはなく、暴漢に襲われたミン・ジョンホをチャングムが助ける場面として描かれています。
その後、チェ・パンスルとオ・ギョモは悪事が公となり処罰を受けますが、チェ尚宮とクミョンはこの時点では捕まりません。結局、別の謀で捕まったヨンノが告白することで、二人は処罰されますが、チェ尚宮は済州島に流刑となり、実家に帰されたクミョンは首を吊って自死します。
その他、チャングムの母の手紙はなく「水刺間の最高尚宮になってほしい」という遺言もありません。イルドは流行り病で死なず、やさしい青年に成長して内禁衛に入ります。また女官時代、味覚を失ったチャングムを治療をした医女・シヨンは医女編でも登場し、二人とウンビ(ドラマのシンビとほぼ同人物の設定)は仲間として支え合います。チャングムを助ける王族として、ドラマでは文定皇后が登場しますが、小説では別の淑儀(医女・チャングムが白斑症の治療を施す)も登場します。ドラマ終盤で描かれた外科手術や帝王切開の場面はありません。
物語の結末は、1540年、チャングムが王の密旨を預かり、ミン・ジョンホと再会を果たして雪のなか明国に向かう場面で終わります(子どもはいません)。チャングムは20年間、王の主治医を務めますが、その間もミン・ジョンホは宮中に留まり、チャングムが宮中を去る三ヶ月前に左遷されて宮中を離れました。
【ドラマと小説、どっちがいい?】
ドラマ鑑賞後に小説を読み、結論からいうと「どっちもいい」と思いました。チャングムとミン・ジョンホの恋愛については、済州島や疫病の場面で二人の関係が深まるドラマのほうがより楽しめました。済州島でミン・ジョンホやチャンドク、パク・クマンたちと過ごす賑やかな暮らしは、ドラマならではの美味しいエピソードだと思います。またドラマにだけ登場するキャラクターたちもいい味を出しています。チェ尚宮やクミョンの葛藤もドラマのほうが描写が多く、敵役ながら共感しやすかったです。
一方で王妃については、チャングムを認めながら前言撤回を繰り返すような言動にやきもきしたため、こちらは小説のあっさりとした設定のほうがストレスがなかったです。
そしてなによりも、ドラマで気になっていた王とチャングムの関係が、小説を読んですっきりと解決しました。王はチャングムへの好意を認めていますが、その感情を利用することなくチャングムを主治医にします。チャングムが王に女性として好意を抱く描写はありません。ミン・ジョンホはドラマのように流刑後20年間チャングムと空白期間が生じることはなく、同じ宮中で彼女を見守っています。また、彼の左遷を命じたのが王であると示唆するような描写がありますが、それはミン・ジョンホを遠ざけるためではなく、チャングムが明国に向かうための準備期間を与えたと解釈することができます。物語の結末については、私は小説の終わり方を胸に留めたいと思いました。
小説のおかげでドラマでは気になっていた部分も整理され、さらにチャングムの物語が好きになりました。ドラマを見て「もっと深く知りたい!」と思われた方は、こちらの小説もオススメです。
参考文献
ユ・ミンジュ『宮廷女官チャングムの誓い(上・中・下)』(秋那訳.竹書房.2005)
『韓国ドラマ・ガイド 宮廷女官チャングムの誓い(前・後・特別編)』(NHK出版.2005-2006)