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グラニュレーション 12話【最終話】
個展会場に戻ると、愛佳の両親が来場していた。
「どこに行ってたの、もう!」
事情を知らない愛佳の母親は、この会場の主役であるはずの娘の姿がなくて心配していたのだ。
「久し振り、愛佳」
ぽっちゃり体型の父親は、口数は少ないものの、慈愛に満ちた笑顔を向けている。
「はじめまして、荷堂さん。僕は『真中龍史』といいます」
真中は、両親に挨拶をした。
「話は聞いているわ。思ってた通りの素敵な
グラニュレーション 11話
個展二日目。朝刊にインタビューが掲載されたのと、土曜日ということが相まって、前日より絵を観に来てくれる客が増えた。
売却済みや予約済みを表す印がついている作品も何点かある。
真中の絵は非売品だが、「ぜひウチにお迎えしたい」という客もいた。
普段スニーカーばかり履いている愛佳は、ローヒールのパンプスでも足が痛くなってきた。
百貨店のスタッフに、「ちょっと席を外します」と声をかけて、休憩す
グラニュレーション 10話
愛佳は、分離色絵具を一つ一つパレットに詰めていく。色見本を作るためだ。筆に水を含ませ、絵具をとる。梅皿に絵具を載せ、多めの水で溶く。分離している状態を確認しやすいよう、いつもより広めに紙に色を塗っていく。
「一つの絵具から異なる色が出てきて面白い。名前も自然の風景や動植物のイメージで素敵だね!」
主張の強い絵具なので、使い方次第では画面が煩くなりすぎてしまいそうである。
愛佳は、普段使い
グラニュレーション 9話
九月になり、まだまだ暑い日が続いているが、熱帯夜になることがなくなり、確実に季節は進んでいる。
愛佳と真中は、時々アトリエで夕飯を一緒に食べるようになっていた。
夕飯の後、真中と柴三郎はロープのおもちゃで引っ張り合いゲームを楽しむのが定番だ。
「柴三郎さん、ナカさんと遊んだ後はゴキゲンなんだよ!」
真中からロープをゲットした柴三郎は、尾を振り、かじりついている。
「そうなのか、柴三郎さ
グラニュレーション 8話
画材フェスには、国内外の有名画材・文具メーカーが出展していた。会場内には、実際に使い心地を試してみたい人や、画材・文具をこよなく愛する人たちで溢れかえっていた。もちろん、愛佳もその一人である。
「わぁ、ホルベインに名村にマルマン、シュミンケ、オリオン、墨運堂、あかしや……どこから見て回ろう!!」
愛佳は、好きなものに囲まれて興奮状態である。
「僕、場違いかな……」
真中は、周りと自分との
グラニュレーション 7話
新しい絵を展示したと真中から聞いたので、開館時間前に愛佳はギャラリーに足を運んだ。今話題の美人画の最新作が3点、入口近くに展示されていた。
「綺麗……美人画といえば江戸や大正時代のイメージが強いけれど、現代ならではの美しさが表現されている。どうしたら、こんな風に描けるのかな」
愛佳は、絵の美しさに息を呑んだ。
「まなは、人物画は描かないの?」
スーツ姿の真中が、愛佳の隣に立っている。
「
グラニュレーション 6話
真中の仕事が休みの日、愛花は柴三郎の早朝散歩に誘った。愛佳と柴三郎は、アトリエの前で真中がやって来るのを待っていた。真中の姿が見えると、柴三郎が機嫌良くその場でぐるぐる回りだした。
「おはよう。『まな』、柴三郎さん、お待たせ!」
真中は、ゆったりめの半袖白シャツにデニムパンツ姿で現れた。普段は長袖で隠された前腕が、露わになっているのが艶めかしく思える。
「『ナカ』さん、おはよう。そんなに待
グラニュレーション 5話
愛佳とは違った事情で、恋愛をすることが怖い真中。リスクがあるのに、真中はなぜここまで打ち明けてくれたのか。何にせよ、二人はお互いの秘密を共有してしまった。
愛佳は出しっ放しだったパレットにセルリアンブルーとキナクリドンマゼンタを出し、たっぷりの水で混色した。
「真中さん、グラニュレーションって知っていますか?」
愛佳のなんの脈絡も無い質問に、真中は覆っていた手を顔から離した。
「絵具の『分
グラニュレーション 4話
愛佳は柴三郎の餌を準備してから、真中とアトリエスペースに移動した。
出しっ放しのパレットから、嗅ぎ慣れた絵具の匂いがして、愛佳は落ち着きを取り戻しつつあった。
愛佳はサイドテーブル代わりに使っているスツールを出して、真中に座るよう促した。真中がスツールに座ると、愛佳は立ったまま、意を決して話し始めた。
「真中さん、『我が子を喰らうサトゥルヌス』ってご存知ですか?」
「ゴヤの有名な絵ですよ
グラニュレーション 3話
愛佳はギャラリーに納品する柴三郎の絵を描くことに集中していた。
「柴三郎さんの黒は、生命力を感じるね」
何度もスケッチを重ね、水彩紙に彩色し、あとはサインを入れるだけになった作品は、一番柴三郎らしい表情が描けたと思っている。
真中を避けるように、柴三郎の散歩を彼の勤務時間内にしていた。ギャラリーに近づかないようにしていたら、スケッチしようと思っていた紫陽花の見頃は終わってしまった。
サ
グラニュレーション 2話
暗闇の中、頭から人間を喰らう巨人。見開いた目は何かに怯えるかのよう。喰らっているのが我が子だと、愛佳は図書館所有の画集を見て知った。何故か彼の断末魔を聞いたことがある気がした。夢の中で、愛佳は度々巨人の視線に射られてしまう。足は竦み、喰らわれてしまうのではないかという恐怖の中、目は覚める。
「……またあの夢」
目を覚ました愛佳は、恐怖の余韻で薄がけの布団をくしゃくしゃと抱き締めた。しばらくし
グラニュレーション 1話
「墨を滲ませたような空」
ギャラリーの裏に建っているアトリエの窓から、愛佳は独りごつ。
出版社から依頼されたカバー絵を描くために、ゲラにパラパラと目を通す。内容は若い男女が出会い恋に落ちる、ありきたりな恋愛小説だ。愛佳は本を閉じると、深く溜息を吐いた。
あれでもない、これでもないと、クロッキー帳にラフを描き殴る。何とか形になったところで、下絵を描く。前日にパネルに水張りしておいた水彩紙を