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【官能エッセイ】と或るおとなのおもちゃ屋さんのお仕事 第16話

第16話 明るい家族計画

※体験談に基づいて構成されていますが、実在の人物や団体などとは
 一切関係ありません。

昼、夜、時間帯で客層は確かに変わるがこの店は本当に多種多様の人
が訪れる。
主となるのはもちろん男性個人客だが若いカップルからご老人カップ
ル、サラリーマンの仕事仲間からスーパーの買い物袋をぶら下げてく
る主婦、歓楽街からの派手目の方々。自動ドアを通りレジ前を流れる
客の様相を見ているだけでも決して退屈しない。
こんな色々な人間模様の中、際立って目を引いたのがとある家族。
そう、家族なのだ。カップルでもグループでもなく家族。
年頃で仲が良ければ兄弟で訪れることもあるだろう。姉妹でくること
も同じく。だが紛れもなく毎回、必ず家族の形で来店されるのだ。
その家族構成は5人。お父さん、お母さん、お兄ちゃん、妹さん、そ
してまだ生まれたばかりの赤ちゃん。この子に関しては性別は分から
ない。ベビー服もいつも黄色系だった為、見た目には予想できなかった。
これは、僕が初めてその家族と接した時の話。

「あのさ、コイツの早漏をどうにかしたいんだけどさ
 なんか良い道具あるのかな?」

これがお父さんとお兄ちゃんとの出会いだ。初めは年の離れた仕事仲
間ぐらいにしか思っていなかったが。お父さんは40代前半、お兄ち
ゃんはまだ10代、もしくは20代前半だろうか。レジカウンターで
声を掛けられた僕は売り場まで案内をした。1階の奥のアダルトグッ
ズコーナーへ到着すると、そこにはベビーカーを押す女の子と露出度
の高い派手な女性が立っていた。
女の子はとても18歳以上には見えなかったため店のルールに則って
声がけを行った。

「申し訳ございません。
 当店、18歳未満の方のご入店は
 お断りさせていただいているのですが。
 失礼ですが身分証明書などお持ちでしょうか?」

女の子は明らかに怪訝な顔をした。こちらも仕事なので仕方がない。

「あ、こいつ俺の娘 もう18歳だから大丈夫だろ?
 で、こっちが母ちゃん。」

この時点で既に意味が分からない。家族5人で来るような店では絶対的
にない。ベビーカーの赤ちゃんも泣き出したので僕は年齢確認を諦めこ
の子は18歳という事で話を進めた。ルールを守って1度は声がけしたの
で大丈夫だろう。

「こちらのコーナーになります。
 1番売れているのは、厚みのあるタイプのコンドームですね。」

「あぁ~、ダメダメ。ウチはゴム使わねーから。」

「では、リングとかサックとかですかね。
 過敏性を抑えるクリーム、ジェル、スプレーもあります。」

「これ、本当に効果あるの?
 うちのお兄ちゃんびっくりするくらい早過ぎるから」

家族の会話という概念が音を立てて崩れていった。
TVでちょっとエッチなシーンが流れたらチャンネルを変える、無言にな
る、嫌な空気が流れる。こういうのが家族の在り方ではなかったのか?

「とりあえず、何種類か買っとけば。」

母ちゃんと呼ばれた女性がハスキーな声を出した。
良く見ると確かに子供たちと顔が似ている。お兄ちゃんの方にはそっく
りだ。やはり間違いなくこの団体は家族なのだろう。
何かあったらまた声をかけるよう伝え僕はそそくさとその場を離れた。
レジカウンターへ戻る間も赤ちゃんの泣き声は響いていた。

「あの家族見たの初めて?」

書籍を1冊、1冊ビニールで丁寧に梱包していたイソが声をかけてきた。
中身が見られないように書籍をビニールに入れビシッとセロハンテープ
で四隅を止める。ビニ本という言葉はこの頃でもすでに死語になってい
たが正にその物だ。僕は正直この作業が苦手だった。発売日前日は特に
僕の作業スピードでは発売開始時間に間に合わない。イソとレイはそれ
を知って率先して作業してくれていた。

「あの子、無事に赤ちゃん生まれたみたいね。」

「あの子? 
 え?あの子??
 お母さんの方じゃなくてですか??」

「そうよ、しばらく顔見なかったけどね。
 何回か大きいお腹で来てたわよ。」

開いた口が塞がらないとはこの事なのだとその時に知った。

「お客様は、お客様。
 事情やあちらの関係性なんてこっちには全く関係ないわ。
 さっきみたいに年齢確認とかは最低限しなくちゃだけどね。」

「見てたんですね。18歳以上には見えなかったので。一応・・。」

「貴方の顔、面白かったわよ。フフフ。。」

確かにこの店はいろいろな形の客が来る。軽めの会話をしたとしてもそ
れはごく限られた一部の方のみで、顔は見知っていてもその人となりは
一切分からない。
僕はまだこの仕事が不慣れというだけではなくきっと自分の疑問や感情
や気持ちそういったものが顔に出やすいのだろう。
特にイソやハイリには心内全てが見透かされているような気がしていた。

「いや、なかなか不思議な家族だったので。
 本当の家族なんですかね?」

「興味ないわ。そんなこと。
 そもそも家族の形に正解なんてないんじゃない?
 レイと私だって家族みたいなものでしょ。
 他人から見たら何?姉妹?カップル?主従関係?
 貴方が持っている定型的な家族像だって正解かどうかなんて
 誰にもわからないし、決めつけられないわ。
 本当の家族って言ったわね?
 そんなもの本当にあるのかしらね?」

少しメランコリックな表情で柔い笑みを浮かべる彼女は強く印象に残った。






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