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【官能エッセイ】と或るおとなのおもちゃ屋さんのお仕事 第18話

第18話 ハイリの直感

※体験談に基づいて構成されていますが、実在の人物や団体などとは
 一切関係ありません。

カウンターに肘をかけこちらの顔を覗き込むようにじっと見たまま話
すお父さんの肩越しに不機嫌そうなお兄ちゃん、少し離れたところに
お母さんに妹さん。妹さんはベビーカーを押している。今回もご家族
勢ぞろいでの来店だ。
この手の店にベビーカー。周りの客も二度見をするくらいの異彩を放
っていた。

「家族プレイとかさぁー、母娘もののDVD探してんだけどさぁ
 おすすめ教えてほしいんだけど。」

どストレート過ぎるそのリクエストに僕は言葉を失った。癖が駄々漏
れどころのレベルではない。この家族はそれを地で行っている事に疑
う余地はますます無くなってきた。

「そのジャンルなら、いろんなレーベルで発表されているので
 お好みの物がきっと見つかると思いますよ。
    2階にご案内しますね。」

中央の階段から2階に上がるのだが、その階段をベビーカーを持ち上げ
お母さんと妹さんもついて来た。今日は赤ちゃんのご機嫌も良いようだ。

「DVDとかさ俺はあんまり俺は見ねぇんだけどさ
 こいつの勉強になればと思ってさ。
 なんつーか、こいつのSEX見ててつまらねぇんだよ。
 何でも初めは真似した方がいいっていうだろ?
 とりあえずいろんなもん見せてちょっとは
 マシにしてやりてぇんだよな。」

ちょっと何言ってるか意味が分からなかった。期間的にはまだまだ浅
いがいろいろな客層を少なからず相手にしてきていたのである程度の
事では驚かなくなってきたつもりだったがこの家族はレベルが違う。
会話の一つ一つが理解の範疇を超えていた。

「なんかいっつも冷めてる?っていうの?
 気持ちいいのかどうなのかもよくわからない顔してんのよこの子は。
 上手い下手以前の問題なのよね。」

これがこの家族のお母さんの言葉である。言葉だけで常軌を逸している。
階段を上がって正面の人気ランキング棚にちょうどハイリがいた。
今週のランキングに並び替えをしていた彼女と目が合う。

「いらっしゃませ。ごゆっくりご覧くださいませ。」

何の変哲もない、街を歩けば吐いて捨てるほど飛び交っているこの言
葉にお兄ちゃんは顔を真っ赤にして俯いた。
この媚薬は言葉ではない。声である。
脳に直接触れられるような感覚に襲われることは僕もよく分かってい
る。ハイリのその声に心を鷲掴みにされてしまったのだろう。
こうなるお客さんはこのお兄ちゃんに限らず何人も目撃している。

「家族物のサンプルってどっかの棚に今流れてますか?
 こちらのお客様がお探しなので。」

「それなら今週のラインキングにも入ってるレーベルの作品が
 こちらでご覧いただけます。
 何作品かが一緒になった短い予告編になりますが。」

ハイリは並び替えの為、一時的に消されていたモニターの電源を入れ
備え付けのDVDプレーヤーにサンプルディスクを入れた。
レーベルのロゴが眩しく光った後、作品タイトル、出演者名、販売日
などが表示され即座に大音量で喘ぎ声が響き渡る。
その家族と店員二人で大人のアート作品を見ているという何ともシュ
ールな光景。

「あ、この女優見たことあるなぁ!」

お父さんは満足そうな顔で食い入るようにモニターを見ていた。
お兄ちゃんはちらちらとみる程度でどちらかと言えばやはりハイリの
ことの方が気になっている様だった。
お母さんと妹さんはシーンごとにケラケラ笑いながら楽しんでいる。
最近売れているその家族物の作品の内容は、S味のある父とそれに従う
母娘そして虐められる弟という設定だった。兄と弟との違いはあるがや
はりこのお父さんの好みだったらしい。

「これ、全部観たいな!買っていくわ。
 うちの家族もこれくらいになればなぁ・・面白れぇんだけど。
 こいつSなのかMか?自分でもわからないみたいでさ
 どっちつかずっつーか、ほんとつまらねぇのよ。」

ハイリはお兄ちゃんの方を見て微かにほほ笑んだ。

「この方は本当の自分のことわかってらっしゃるみたいですけど。」

「え?なんか言った?お姉さん?」

「いえ、ではごゆっくりご覧ください。
 何かございましたらお声がけくださいね。」

僕はハイリと共にその場を離れた。モニターを観ながら盛り上がって
る声が背中越しに聞こえたが振り返ることはしなかった。

「ありがとうございました。助かりました。」

「いえいえ、とんでもない。
 あのご家族、最近頻繁に来るわね。もう常連さんね。」
 
階段を下りながら僕は先日の出来事を話した。ハイリは特に驚くこと
なくイソと同じようにこう言っただけだった。

「お客様はお客様。何の問題もないわ。
 年齢確認だけはお願いしますね。」

僕は黙って頷きカウンターへ戻ろうとした。

「あ、あのお兄さんだけはちょっと注意が必要かもしれませんね。
 私の直感ですが、その内一人で来るはずですから。」

ハイリの顔は少しほくそ笑んで見えた。
僕はまだその時、その本当の意味は分かっていなかった。

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