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【官能エッセイ】と或るおとなのおもちゃ屋さんのお仕事 第22話

第22話 盛り上がりの中で

※体験談に基づいて構成されていますが、実在の人物や団体などとは
 一切関係ありません。

前もって散々注意をしていても、シャッター音が響き渡る。目の前の憧
れの女優さんが手を伸ばせば届くほどの距離に居る。興奮するのもわかる。

「写真撮影はお止めください!
 撮影は撮影会のみです。
 イベント中はカメラやスマートフォンなどによる
 写真撮影・録画・録音は、かたくお断り申し上げます。
 お守りいただけない場合は
   イベントを中止することもございます!
 写真撮影はお止めください!!」

僕らは女優さんの座る簡易ステージの前に並んで立ちシャッター音が落
ち着くのを待つ。店長は機敏に動き回りカメラを向けるお客さんに怒号
を飛ばしていた。

「おい、やめろって!イベントできなくなりますよ!
 そこもっ!カメラしまえ!!」

振り返ると女優さんはニコニコと笑顔を絶やすことなくその状況を見守
っていた。場慣れしている言ってしまえばそれまでだがプロ意識を垣間
見た気がした。

「皆様、本日はお越しいただきましてありがとうございます。」

スピーカーから流れたその言葉で会場の騒ぎが一瞬止まる。一呼吸開い
て拍手と歓声。カメラを構えていた人たちもその手を下げその声の主に
見入っていた。

「撮影は撮影会でお願いしますね。
 本日はよろしくお願いいたします。」

その後は、問題なくイベントが進行していった。
サイン会と購入特典の手渡し会が終わり、とうとう潮むすびのプレゼント
が始まった。レイと僕が事務所から大皿を運んでくるとそれを目にしたお
客さんから歓声が沸いた。

(これ、僕たちがほとんど握ったんですけどね・・すいません・・・)

「潮むすびの交換券配布は終了しております。
 交換券をお持ちの方のみのお渡しとなります!
 番号順にこちらへお並びください!!」

女優さんが一人一人におにぎりを手渡していく。
<潮>と謳っているせいか貰ったお客さんのほとんどがすぐに食べたりせ
ずにそのおにぎりをじろじろと四方八方から眺めていた。

「今夜の良いオカズだな。ほんと良い企画だったよ。」

その姿を見て店長が満足そうに頷き微笑んでいた。

(だからこれ、僕たちがほとんど握ったんですよ・・・
 オカズって・・・下品すぎる・・・)

潮むすび交換の列も残りわずかになってきた時ハイリが僕の所へやってきた。

「今、大丈夫?」
 
「は、はい?どうしました?」

「あの最後尾の何人か前に、例の家族のお兄さんが来てるの。
 一人で来ることなんて今までなかったと思うから。
   ちょっと気になってしまって。
 何にもないとは思うけど、念のため目を離さないで
    気を付けてください。」

僕は慌ててその列に視点を合わせた。後ろからだがその横顔をハッキリと
捕らえた。ハイリの言う通り間違いなくあの家族のお兄ちゃんだ。
レイやイソにもすでにその情報は伝わっているようで遠くから僕へ目配せ
を送ってきた。僕は黙って頷き少しお兄ちゃんの少し後方まで進んだ。
ただの思い過ごし、何も起こるはずがないと思ってはいても以前ハイリの
いった言葉が脳裏に蘇ってきた。

『この方は本当の自分のことわかってらっしゃるみたいですけど。
『あ、あのお兄さんだけはちょっと注意が必要かもね。
 私の勘だけど、その内一人で来るはずだから。』

まだまだ短い期間しか付き合いが無いとはいえ、イソやハイリの勘は
ないがしろにはできないということは理解していた。
あの日、ハイリが言ったように本当に一人で来ている。
ただ単にこの女優のファンであるだけかもしれないが注意深く観察してお
くことは無意味ではない。僕は着々と女優さんに近づくお兄ちゃんをじっ
と見つめていた。こちらがほぼ真後ろの位置に来ても気づかれることはな
く交換券をぎゅっと握り視線は女優さんからいっさい離さない。
マジマジと見つめ続けるお客さんは他にも、もちろん多数いたがその様子
は少し異色に思えてならなかった。

「今日はありがとうございます。潮むすびです。
 おいしく味わってくださいね」

女優さんの声が近づくにつれ緊張感が高まってきた。
何も起こらない。起こるはずがない。おにぎりを受けとったらそれで終わ
りだろう。そう思ってはいても妙な感覚が拭い切れなかった。

「交換のぉ~終わったぁお客様は立ち止まらずぅ~
 すすんでぇくだっさぁぁぁぁぁい~!」

レイがお客さんを誘導しながら僕の右側へとやってきた。
ハイリとイソの勘は、と言ったがこの子も異常なほど勘が鋭い。この位置
に来て僕の目を見たのもきっと偶然ではないのだろう。
僕たちが注視する中とうとうお兄ちゃんの順番がやってきた。

「潮むすびどうやって作ったんですか?」

その一言で一瞬すべての動きが止まった。

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