【官能エッセイ】と或るおとなのおもちゃ屋さんのお仕事 第12話
第12話 普通と異常
※体験談に基づいて構成されていますが、実在の人物や団体などとは
一切関係ありません。
「はい、お待たせしましたー!味噌2つね!」
着丼した途端にコレは絶対に美味いとわかる。立ち昇る湯気だけで疲れた
躰と脳を刺激される。
中華鍋でじっくり炒めて香ばしさを付けたスープの上にたっぷりのモヤシ。
そのモヤシもしっかりとした照りが出るくらいラードで炒められているが
シャキッと芯の残った絶妙な火入れ。スープのベースは豚骨と鶏ガラの動
物系でほのかに煮干しの風味も鼻に通る。野菜からくる甘みも素晴らしい。
コクの深いまろやかなスープが黄色い中太のちぢれ麺によく絡み、一度箸
をつけたら完食まで止まらない。
「ね、言ったとおりでしょ。本当に美味しいのよ。
ここの味噌ラーメン。しかもこの時間に食べるとなおさらね。」
「はい!めちゃくちゃ美味しいです!
今まで食べた味噌ラーメンの中で間違いなく、一番ですよ!」
「そう、気に入ってもらえてよかったわ。」
「この、チャーシューも良いですね。
煮豚じゃなくて昔ながらの赤味のある焼き豚。
歯応えがあってこの濃いめのスープにも合いますね。」
「グルメライターみたいね。そんなにラーメン好きだったの?」
「これと言って趣味が無いので。食べることぐらいしか・・・」
「寂しいこと言うわね。彼女とかいないの?」
「いないですよ。随分と前から。」
「へぇ、そうなの。それは好都合だわ。
誰にも気を使わないで好きに何でもできるわね。」
「え・・?もしかして、またアレ、着けるんですか?」
「もしかしてじゃないわ。
当然、帰ったらまた付けるわよ。
本当は貞操帯着けてる貴方の姿を突然見ちゃった彼女の顔も
見てみたかったけど、いないならしかたないわ。」
相変わらずのこの悪戯な微笑みから放たれる言葉は全く冗談に聞こえない。
先程の行為の後ならいやがうえにも納得せざるを得ない。
「あの、ずっと気になっていたんですが・・・
うちの店の人達ってどんな関係性なんですか?
あ、僕とイソさんがどうこうじゃなくて・・。
店長とかハイリさんとかレイさんとか。
失礼かもしれませんがとても普通の関係には思えなくて・・。」
「何それ?おかしなこと聞くわね。
強いて言うなら、みんな仲間、お友達?仲良しってことかしら?
まぁ・・私とハイリは仲が良いかどうかはわからないけど。」
当たり前だが望んだ答えは返ってこなかった。普通に、極普通に考えれば
異常である。
昨日今日、いや、入店した時から何かがおかしい。ずっと気にはしていた
が無理に納得しようとしてきた。言われるがまま、流されるままで今の僕
はこの状況に陥っている。もっと早くに疑問を呈すべきだったのだ。
「いや、普通あんなことしないんじゃ・・・
怒ってるとか文句があるとかじゃないんです。
誤解しないでください。
現にこうしている今だってレイさんは・・あのままですし・・。」
さすがに怒り出すかと思ったが、以外にもそれほど表情は変わらない。
「奥歯に物が挟まったような言い方ね?
何よ、はっきり言えばいいじゃない?
まるでド変態たちの巣窟みたいって言いたいのかしら?」
「い、いや・・・何もそこまでは・・・」
「まぁ、そう思うでしょうね。
貴方が言う様に、普通ってやつから見たら。
でもね、人と人との結びつきなんて百人百様だとは思わない?
私たちはきっと世の中には素直に受け入れられないわ。
他人と違うことが異常と思われるものだから。
仕方ないわね。
それでも、世間並みの関係では生きていけない人間もいるのよ。
うちの店の人間も、お客さんも、もちろん貴方も。
貴方も本当の自分をちゃんと見つめ直した方がいいと思うわ。」
僕は息を吐いた。溜息というには少し深過ぎるくらいに。
「その内、理解できるわ。
もし悩んだり困ったり、本当に嫌だったら逃げればいいの。
昨日だってそうよ。貴方は逃げようともしなかった。
こっちは所詮、女よ。
大人の男に押し倒されたら勝てっこないし
その気になったらいつでも逃げることなんて簡単だったでしょう?
貴方は心の奥底で何かを望んでいたんじゃないかしら?
だから素直に受け入れた。違う?」
「すいません。もう一本だけ吸ってもいいですか?」
イソは優しく頷き、僕の手を握った。
「貴方は貴方のままで良いの。」
ゆっくりと口の中に溜めた煙を、肺の底へと落とし込む。目の前のイソに
掛からないよう顔を横に背け吐き出す。
濃すぎるこの二日間の余韻はそれほど薄れること無くまだ鈍く響いている。
それでも思いのほか美味しかった一杯のラーメンに助けられ、これまでで
一番、会話らしい会話は出来た。
「少し、落ち着きました。
土足で踏み込むようなマネしてすみません。」
「何も気にすることないわ。
むしろ気になる方が普通じゃない?
まぁ私は、周りの言う普通っていうのが
何なのかよくわからないけどね。」
すこし汗をかいたレトロな段付きグラスの水を口に含み、胸焼けしそうなくらい濃厚な時間を洗い流すように喉を通した。
「レイはね、今の店開くちょっと前に店長が拾ってきたのよ。
大袈裟じゃなく本当に野良猫みたいな感じでね。
典型的な家出少女ってやつ。
今じゃアニメみたいな変な声出して飛び回ってるけど
最初の頃なんて本当に目つき悪いし、一言もしゃべらないし
お風呂入らないし。
何なら物投げたり、殴りかかってくるし。
ね、まるで人嫌いで気の荒い野良猫みたいでしょ。
で、何の因果か私の部屋に転がり込んで来ちゃったのよ。
強引に店長に押し付けられたってのもあるけど。
拾って来た張本人の店長も嫌われてて。
ハイリのことなんかめちゃくちゃ怖がって逃げ回ってたわね。
結局、私だけに懐いちゃっただけ。仕方ないわね。」
「店長はともかく、ハイリさんを怖がるって意外ですね。」
一瞬、イソの表情が曇ったのを僕は見逃さなかった。
「はぁ・・・。何で男ってこう・・
どいつもこいつもそうなのかしらね。
ああいう女に馬鹿みたいにころっと騙される。
ハイリは、怖いわよ。
レイは野良猫だから野生の感が働いたのよ。
この人は、ヤバイってね。」
ハイリの顔を思い浮べると僕の脳内であの時の艶めいた唇と甘い声がハッキリと蘇ってきた。
そういえばどうしてあの時・・・。