時をかけるお菓子 〈菓子四季録 vol.16〉
菓子四季録では、イラストレーター 澤田清佳さんと一緒にお菓子のレシピをご紹介しています。ひとつのお菓子の魅力を、ふたりそれぞれの視点から綴る菓子四季録のマガジンページはこちら。今回紹介するお菓子は、和の重なりを感じる「無花果とこしあんとマスカルポーネのタルト」。
20年来の想いを形にする
無花果が季節素材になるのは2回目です。1回目はこちら。
去年は美しい色のゼリーに仕立てました。ゼリーについての感想を書いていたら無花果について掘り下げる展開に。そして「え?無花果ってけっこう私の理想キャラクター像じゃない?」ということになり「実は無花果を擬人化すると私の理想に近かった」というまさかの結論に達しました。自分でもびっくり(笑)。
そして今年はそんな無花果でタルトを作ります。実はずっと作りたいタルトがあったのです。昔、働いていた会社で(その頃は商品開発を担当していました)無花果とあんこと白玉がのったタルトがありました。確かお月見に合わせたその年限りの秋のシーズナルメニューだったと記憶しています。考案したのはその当時の先輩で、そのれを食べて「アーモンド生地とあんことクリームと無花果がものすごく合う!!」と感激したのです。いつかこれの完成版を作りたいと思っていました。思ったまま、だいぶ時間が過ぎ去り、ここにきて、今、再びこのお菓子と向き合いたいと思いました。そんなわけで、温め続けたイメージ(もちろん途中で忘れていた時代もありながら)を20年越しくらいで具体化しました(笑)。
Tarte Japonais
私の心の中で今回のタルトは「Tarte Japonais」と呼んでいました。
無花果とあんこの組み合わせも、最近ではメジャーになりつつあります(ドライフルーツの無花果を使った羊羹とか)。ただ今でも普通の人にはけっこうチャレンジなメニューだとは思うんです(例えばうちの夫は苦手だと思う)。だからこそ20年前なんて、チャレンジを通り越して想像超えの範疇。「新しい」よりも「意味不明」的な。私も食べてみるまでは「なんでも組み合わせればいいってものでもない」と思っていたくらい。でも、食べると自分の中ですごくピタッとはまる感じだったんです。
それをきちんとレシピ化したいと思いつつ、温めてきて20年。このレシピの原型になったものは『型1つで作る、バターとオイルのパイとタルト ~ さくさく、ざっくり……食感で生地を選ぶ40レシピ~』(タイトル長っ)の中の「いちじくとマスカルポーネのタルト」なんですが、ここにはあんこはのっていません。
のせたい気持ちはあったのですが、すでにマスカルポーネチーズと無花果の組み合わせですらハードルが高い。ここにあんことなったら、誰も作らない(作れない)レシピになってしまう。それに十分な説明を書くスペースも足りない。
無花果とあんこも合うのですが、マスカルポーネチーズとあんこも合うのです。もし、お菓子作りに使ったマスカルポーネチーズが余ったら、私は大体パンに塗って食べます。その時にあわせるのはずばり、あんこ(そして、できればこしあん)。そのくらいお気に入りの組み合わせです。だからこそ、無花果、あんこ、マスカルポーネを合わせたいと思っていました。
今回は特に制限がないので、ラム酒とか、シナモンとか、黒砂糖とか、好きな組み合わせを取り入れさらに昇華させてみました。いろいろ組み合わせると、味も見た目もごちゃごちゃしてしまう気がしますが、そんなことはないのです。これ以上でも以下でもない組み合わせ。トーンをきちんと合わせると、組み合わせの数が多くてもきちんと馴染みます。もちろん「何をどういうバランスで組み合わせるのか」という課題クリアは必須ですが。
このタルトの心の呼び名「Tarte Japonais」。これは日本語にすると「日本風のタルト」とひどく陳腐ですが、フランス菓子の中に日本の要素を取り入れて、美しく調和するものを作りたいと思っていました。
芳醇な無花果は包容力があります。柔らかな果肉にあんこの甘味が合わさると、どちらのよさも引き立つ気がします。ここをつなぐのがマスカルポーネチーズ。生クリームよりコクがあり、独特の風味があります。クリーミーなだけでなく、ミルキーさがあり、ほんのり甘味もあり、いろいろなバランスがちょうどいいのです。軽すぎず、重すぎない。そしてこのマスカルポーネに加えるのは少量の黒砂糖とラム酒。ほんのり感じるくらいの量なのですが、これが入ると入らないでは奥行きが全く変わってきます。
そんな全体を支えるのが、アーモンドクリーム入りのタルト。タルト生地はバターをしっかり使い、サクサクとしっとりのコンビネーション。ここにアーモンドのコクと香ばしさが加わり、しっかりと上のトッピングを受け止めます。そしてシナモンパウダーをアーモンドクリームと仕上げのトッピングに使うことで香りでオリエンタルな雰囲気を纏わせています。
くすみカラーの重なりも、断面のグラデーションの美しさも、1口食べた味わいも一気に気持ちを秋にトリップさせます。ぜひ、無花果がおいしい今の時期に作ってみてくださいね。
無花果とこしあんとマスカルポーネのタルト − Tarte Japonaise −
下準備:バターと卵を室温に戻す。◯ をあわせてふるう。
作り方
〈タルト生地を作る〉
1.ボウルにバターを入れ、なめらかになるまでゴムベラでよく混ぜる。粉砂糖を加えて泡立て器で混ぜ、卵黄を加えてさらに混ぜる。
2.◯ の粉類をふるい入れ、ゴムベラで切るように混ぜてひとまとめにする。円盤状に整えてラップに包み、冷蔵庫で3時間以上ねかせる。
3.オーブンを170度に予熱し、タルト型にバターを薄く塗る。
4.のし台と生地に打ち粉(あれば強力粉)(分量外)をふり、麺棒で5mmの厚さの円形に伸ばす。
*生地を回しながら、タルト型よりひと回り大きい円形にします。
5.型に生地を敷き込み、型の上で麺棒を転がし、はみ出た生地を切り落とす。
*型の立ち上がりの隅の部分は特にしっかり敷き込みます。
6.縁を指でつまんで一周ぐるりと押さえ、型から5mmくらいはみ出るくらいに高さを調整する。冷蔵庫で30分以上ねかせる。
*型の縁をぐるりと一周、指で押さえて生地を伸ばします。
〈アーモンドクリームをつくる・焼く〉
7.ボウルにバターを入れ、なめらかになるまでゴムベラでよく混ぜる。黒砂糖とグラニュー糖を加え、白っぽくふんわりするまでハンドミキサーで泡立てる。
8.卵を溶きほぐし、少しずつ加えてハンドミキサーで混ぜる。*分離しやすいので卵は必ず室温に戻し、少しずつ加えましょう。
9.□ の粉類をふるい入れてゴムベラで混ぜ、ラム酒、バニラオイルを加えてさらに混ぜる。
10 .6のタルト生地の底にフォークで穴を開け、9のクリームを詰め、170度のオーブンで45分ほど焼く。焼き上がったら型に入れたままケーキクーラーの上で冷ます。
〈仕上げる〉
11 .マスカルポーネチーズをボウルに入れ、黒砂糖、ラム酒を加えて混ぜる。
12 .いちじくの皮を剥いて軸の固い部分を切り落とし、好みの大きさに切る。
13 .タルトを型から抜き、こしあんを上面に薄く伸ばす。11のクリームを重ねて伸ばし、いちじくを飾る。好みでピスタチオとシナモンをふりかける。
コツあれこれ
<型にはバターを丁寧に>
タルト型には薄くバターを塗り、冷蔵庫で冷やしておきます。こういう小さな手間隙がきれいなお菓子につながります。
<タルト生地>
タルト生地はしっかり2回ねかせるのがポイントです。早く焼きたい気持ちはわかります。ですが「急いては事を仕損じる」ではありませんが、ねかせるのには意味があります。バターが多い生地は、すぐにダレます。そのまま成形したり、焼いてもきれいな形になりません。またサクッとした食感がうまくでません。適度にねかせることで、見た目と味、食感がよくなることを覚えておいてくださいね。
タルト生地を伸ばす時は、打ち粉は少なめより多めがおすすめです。バターが多めの生地なので、少ないとのし台にくっついてしまうことも。柔らかい生地は扱いが難しい。でも今回のタルトの成形は少しくらいうまくいかなくても大丈夫。上にのせるものがたくさんあるので、そこまでアラは見えません。最後に縁は型より少しだけ高くしておくとちょうどいい高さに仕上がりますよ。
<クッキーできます>
余ったタルト生地は、5mm厚さに伸ばして、好きな形で抜きます。170度に予熱したオーブンで15〜20分焼いたら出来上がり。我が家はオーブンの天板が2段なのでタルトと一緒に焼いて、途中で取り出しています。生地が柔らかいようならば、一度冷蔵庫でねかせてください。
<アーモンドクリーム>
ここでの1番のポイントは卵を分離させずに混ぜること。
まずはバターと砂糖を合わせてしっかりと泡立てます。ここでふわっとしておくと卵が混ざりやすくなりますよ。そして卵は必ず室温に戻しておきましょう。卵が冷たいと、混ぜる時に分離しやすくなります。室温に戻すのを忘れた時や、真冬で気温が低いときなどは50〜60度くらいの湯にしばらくつけると卵が温まります(湯の温度が高いと温泉卵みたいに固まってしまうので注意してください)。
<トッピング>
やはり1番の難関は材料を全部揃えることでしょうか。マスカルポーネは雪印の「雪印北海道100 マスカルポーネ」が入手しやすく、使い切りでオススメです。
あんこはぜひこしあんで。このお菓子には繊細なこしあんの方が合うのです。あんは隠れてしまうので、言わずに食べてもらったら、あんの存在に気づかない人もいるかもしれません。でもあんがないタルトはしまりません。あんこが入ることでしっとりと優しい甘さが加わります。
こしあんって、薄く広げると、黒でも茶でもなく紫なんですよね。透明感のある紫。この色をみると尊すぎてぞくぞくしちゃうのはこしあんラバーだから?
無花果は1パックまるごと豪華に使います。最初に2/3量をタルトの上にのせて、残りはタルトをカットした後に添えています。おうちで作るスイーツのいいところは「フルーツをたっぷり」のせられること。お店で購入したものではお目にかかれないくらいの「たっぷり」具合です。皮は剥いても、剥かなくてもお好みで。皮のえぐみが気になるので個人的には剥く派です。また切り方もお好みで。縦に切るのと、輪切りにするのでは同じタルトでも雰囲気が変わりますよ。
ピスタチオはなくてもいいのですが、あると色彩のバランスがぐっと整います。ミントではなくて、ナッツなところが秋の気配。
ブラッシュアップレシピ
今回も何度も試作し、レシピを調整していったのですが、作るたびに理想に近づいていくのがとても楽しかったです。食べ物に興味があるので、おいしかったもの、気になるもの、食べたいものそういうものは記憶に残ります。けれど日々の目の前ことに取り組んでいると、うっかり忘れていることもしばしば。でも、本当に好きなもの、やりたかったことはいつかまた人生の話題にポンと出てくる気がします。食べ物でも、他のことでも。そういうものは私の中で眠っていて、ある日何かの拍子に浮上します。そのもの自体は眠ったままで、時を超えて、あの時と同じままで再開します。
時を超えて変わらない何かと対面します。けれど、人生の経験値を増やしていくと、視点が広がり、知っていることが増え、解像度が上がります。そういう自分で出会い直すと、同じものでも見え方は変わってくるのです。よくある例としては同じ小説、ドラマ、映画でも、その受け取り方、感想が時の経過と共に変わっていくみたいなことでしょうか。
向き合う対象が変わらなくても、自分が変われば目の前に対峙するものを読み解く力がぐっと上がります。そうすると向こうが変わって見えることもありますし、感じることも変わり、ブラッシュアップ度がグンと上がります。
仕事でお菓子を作ることは多いのですが、そういう時は同時に制約もたくさん。本当に自分の為にレシピに向き合うタイミングはなかなかありません。
今回は20年の時をかけたお菓子と再び出会い直し、その長い時間を経た私が考えて、再構築したお菓子です。でもその分、いろいろな解釈やアイディアが浮かんで、そして自分の深いところで響いて「ああ、コレコレ!」と自分自身で共鳴できるのがすごくうれしかったです。
はんなり、着物美人
さあ、そんな長い時間を経てできがったお菓子をいただきましょう。テーブルもすっかり秋。ちょっとくすんだピンクが今の時期にぴったりです。
タルトのきつね色、こしあんの透明感のある深い紫、ラム酒と黒糖を混ぜたオフホワイトのマスカルポーネクリーム、無花果のくすみピンク、シナモンパウダーの薄いブラウンに、ピスタチオのくすみグリーン。これらを見ていると、ああ、なんか美しい着物姿の人を彷彿させるのです。
ベージュの着物に、クリームは半襟。無花果のピンクは帯の色で、こしあんの紫色は帯揚げに、ピスタチオグリーンの帯締め。振り返る姿は、まさにはんなり着物美人。濃密でしっとり。でも、重たいだけのお菓子ではありません。無花果のフレッシュさやまろやかさ、こしあんのほどよい甘さ、マスカルポーネのクリームはクリーミーさと芳醇さがあり、全体はほどよく軽い。派手な色はないのに、なぜだか、気にかかる忘れらない存在。はんなりとした抜け感のある、秋のお菓子がそこにあります。
食べる時は全部を一口でどうぞ。一緒に食べる時が最高においしいです。
つながる記憶と世界
と、ここで終わるはずだったのですが、どうしても追記したいことが出てきたので書きます(自由!)。毎回、書き終わったあとに、菓子四季録チーム(といってもメンバー二人ですが)でお互いの文章を校正します。私は勢いのままに書くので、どうしても細々ミスが多く、いつもたくさんの赤字が入ります(清佳ちゃんいつもありがとう)。
今回もそんなわけで、自分の文章の修正をしていたわけです。「私の心の中で今回のタルトは『Tarte Japonais』と呼んでいました。」というところで、全体に手直しが必要で、何度も何度も自分の文章を読み直していました。ふと、無花果のタルト写真を見たときに、振り返る着物美人が頭の中にぱっと浮かんだのです。そして「ああああああ!」といろんなことがつながりました。
「Tarte Japonais」の名前のイメージ由来は、たぶん『ラ・ジャポネーズ / La Japonaise(日本の女性)』。ボストン美術館にあるモネの絵です。
赤い着物を着て振り返る、金色の髪の美しい女性(彼女はモネの妻カミーユ)。当時フランスで大流行していたジャポニズムの影響を受けた作品として有名です。日本文化と西洋のアイデンティティの融合した美しい作品。
去年、ボストン美術館でリアルにこの絵を見ました。想像よりも何倍も何倍も素敵でした。赤い着物の色の使い方や、女性の角度とか、見上げるほどのキャンバスの縦長のサイズとか。書くとキリがないのでこのくらいでやめますが、見たその時はもちろん、その経験は私の心に残り、こうやって知らない間に私に影響を与えています。
「向き合う対象が変わらなくても、自分が変われば目の前に対峙するものを読み解く力がぐっと上がります。そうすると向こうが変わって見えることもありますし、感じることも変わり、ブラッシュアップ度がグンと上がります。」
と自分で書いたことを、自分でなぞり、それにハッとなってまた感化する。自分の中に降り積もっていく、小さな経験や感情をこれからもたくさん集めて紡ぎたいと思いました。
【Photos : Sayaka Sawada】*をのぞく
お知らせ
うれしいお知らせをさせてください。
note創作大賞2024の中間選考を通過しました。
お読みくださった皆様、ありがとうございます🥝
いつもの菓子四季録とは少し違うバージョンでお送りしています。
まだの方はぜひこちらも読んでみてくださいね。