「君愛」「僕愛」「僕が君の名前を呼ぶから」考察
去年の秋に公開された映画「君を愛したひとりの僕へ」「僕が愛したすべての君へ」を観て号泣し、帰りに原作をすぐ購入。
最近になって、スピンオフである「僕が君の名前を呼ぶから」を加えてすべて読み終えました。
これらの作品で面白いのは、虚質という架空のエネルギーを物語世界の前提要素として設定している点であり、これが特に「君愛」「僕愛」では鍵となる概念になっています。
簡単に言ってみるなら、虚質というのは物質に対する魂のようなもので、物質世界を根本において支えているもの、その原因となるものと言っても良いかと思います。
ただし虚質が魂のようなものだといっても、非生物にも虚質が対応しているのであり、もっと広い意味でのエネルギーだと認識されています。
(例えば並行世界へのシフトや時間の流れが存在するのは、虚質の動性に由来するということが作中で語られます)
虚質の大きな特徴は動性であり、1つの虚質が移動することで、今作品のもう1つの鍵概念、物質世界での並行世界へのシフトが生じるとされます。
あまりに軽くご紹介しましたが、このようになるべく科学的に理論的に書かれた作品であり、魔法のように物語が展開されるようなまるっきりファンタジーではありません。
この感じが今作品のリアリティを演出していると私は思っています。
原作を読んでみると映画ではよくわからなかったところも理解できて楽しかったのですが、それでもどうしてもわからない謎がいくつかあります。
今回の記事では「考察」と題して、私にとって特に謎であった3つの事柄を取り上げて考察してみたいと思います。
①並行世界の栞について
まず取り上げたいのは、暦と一緒にゆりかごの中に入って並行世界へ移動した先の世界の栞についてです。
わかりやすくするために君愛世界の栞を栞Aとし、この栞が移動した先の並行世界の栞を栞Bとします。
栞と暦は、お互いの親が結婚してしまい兄妹になる世界から逃れるために、両親が離婚していない並行世界へのシフトを試みます。
このシフトで事故が起こり、栞は虚質の海と呼ばれる非物質世界に閉じ込められてしまうことになります。
前提としてシフトは同時的に生じるとされています。
これはシフトの際に、それぞれの身体にその虚質(魂)が入るのは同時的であるということで、片方だけが入っていて、もう片方はまだ入っていないという誤差が生じないということです。
そのため、君愛世界の栞Aと並行世界の栞Bにとって、お互いの身体に入る=シフトが完了するのは同時であるはずだと言えるでしょう。
栞Aが並行世界に飛んでいる時には、代わりに栞Bが君愛世界に飛んできていることになります。
いわば同時的に交代的にシフトしてくるのであり、このときさらに別の世界の栞Cがシフトしてくることはないと思われます。
並行世界にシフトした栞Aは交差点にいる栞Bの身体におり、代わりに栞Bはゆりかごの中に横たわっている栞Aの身体にあります。
物語では、ここで栞Bの身体に入っている栞Aが交通事故に遭いますが、栞Aには事故に遭う前のわずかな瞬間にさらなるシフトが生じます。
しかしこのシフトが完了する前に、栞Bの身体が事故で即死してしまったために、虚質状態の栞Aは虚質世界において、交差点にあたるポイントに固定されてしまいます。
ここには明らかに不明点があります。
それが栞Bについてであり、彼女は一体どうなってしまったのかということ。
栞Aは並行世界で短時間でも活動していたため、栞Bがゆりかごの中の栞Aの身体にシフトしてきたのは確実だと思います。
しかし、栞Aが栞Bの身体で交差点に侵入し事故に遭ったため、栞Bの身体は消滅してします。
つまり栞Bにとっては帰る身体がありません。
事故に遭う寸前で、栞Aに再びシフトが生じます。
このとき栞Aがシフトするはずだった世界は、シフトが交代的であるためおそらく元の君愛世界でしょう。
(シフトしている状態でさらにまた別の世界にシフトすることができるかどうかは語られていませんが、ここではこの可能性はないものとします)
しかしシフトが同時的であるならば、栞Aが栞Bの身体を離れた僅かな瞬間に、同じように栞Bも栞Aの身体から分離していると考えるのが自然です。
事故により栞Bの身体が消滅したのを原因にシフトは失敗にしますが、それは栞Bが元の身体に戻れなくなったから、つまり交代的という条件を満たすことができなくなったからです。
シフトの運動がキャンセルされたために、移動していた栞Aの虚質はまだ虚質の海にいる状態でストップしてしまったため、栞Aは交差点の幽霊になってしまいました。
であれば栞Bも虚質の海に留まっているはずではないのでしょうか。
しかも栞Aが留まった場所から察するに、栞Bはゆりかごの付近のポイントに留まっていると思われます。
栞Bの身体はシフトを完了する前に消滅してしまったので、並行世界で死んだのは栞Bの身体だけであり、その後亡くなる栞Aの身体の場合と同様に、虚質(魂)だけは生きていると考えられます。
これが全く問題にされないのはなぜでしょうか。
暦に交差点の幽霊になった栞Aが見えるのは、ゆりかごを2人で使ったために栞の虚質と暦の虚質の一部が混合されたためです。
それは栞Bの虚質とは(おそらく)関係ないので、君愛世界の暦に栞Bの姿が見えないのは疑問ではありません。
物語終盤、暦は自分の虚質と一体になった栞の虚質を頼りに栞とともに時間移動を行い、栞と自分の人生をやり直すことができましたが、このとき暦が連れて行ったのは栞Aの虚質です。
したがって、暦が時間移動によって栞Aを交差点から救い出したとしても、栞Bの虚質はそのままであり、この栞は幽霊であり続けている可能性があります。
そう考えると栞Bは急にシフトさせられて、幽霊にされてしまった挙句、救出もされないというとんでもないことになったのではないでしょうか。
物語で説明されてない以上は、想像する他はないのですが。
②事象半径について
「君愛」の物語では、虚質の海に閉じ込められてしまった栞を助けるという目的のために、主人公の暦自身が虚質科学の研究者となります。
研究者になって見つけた虚質の法則の1つが、虚質の事象半径というものです。
これはある事象が生じ、それ以降にそこから他の並行世界への分岐が起こるときに、それらのすべての並行世界を限界づける範囲のことです。
作中では暦が栞と出会うという事象に対しては、そこから生じたあらゆる並行世界においても栞が交差点で事故に遭うことが必然的であると語られます。
つまり暦が栞と出会った以上、暦と栞がどのような選択をしても栞の事故は絶対に避けられない出来事として確定されてしまうということです。
私の疑問はまさにこの点です。
並行世界は無限の可能性の世界ですから、暦と栞が出会っても、栞が事故に遭わない可能性は概念的に考えればありうるはずです。
逆に言えば、そうした世界が決してないのならば、必ず何かその理由があるはずではないでしょうか。
どうして栞は暦と会うと必ず事故に遭う世界に生きてしまうのか。
その理由こそが、私にとっては今作品で最も大きな謎です。
(物語の設定上必要であったから、であれば謎も何もないのですが)
もし理由を探るとしたらどうなるでしょうか。
これ!という手がかりがなくて、暦と栞が出会った最初のときに、暦が飼っていたペットの犬が死んでしまったあの出来事が関係しているのかなと推測してみたりしました。
物語の中で、あの最初の出会いのエピソードだけ少し浮いている気がしたからです。
暦が栞によってゆりかごに誘われ、死について教えてもらうというこの死についてのエピソードが何か関係しているんじゃないかな、と。
とはいえ、どうもピンと来ませんでした。
なぜ暦と出会う栞は、交差点の事故に遭わなければならないのか。
そもそも解釈できるものなのか不明です。
③2人はどうなったのか
「君愛」と「僕愛」を通して、暦と栞は虚質として再会することができます。
「僕愛」では暦視点から、君愛世界の暦の虚質が僕愛世界の暦の虚質から分離する様が、
「僕が君の名前を呼ぶから」では栞視点から、君愛世界の栞の虚質が僕愛世界の栞の虚質から分離する様が、IP端末のERRORとしてみられます。
(この分離することは「約束」を覚えていたということだと思います)
「君愛」で確認できることとして、交差点の幽霊となった栞は、虚質が固定されているためにその場から動くことができませんし、同じ理由から歳もとりません。
(※時間は虚質の動性に由来します)
映画版のラストシーンで虚質の暦が虚質の栞に接触すると、栞がその場から動いているのが確認できます。
ただしこの栞は、君愛世界で交差点の幽霊状態にあったのと違って、一度時間移動の際に暦とともに動いている栞なので、あのシーンで栞が動くのはさほど不思議ではありません。
つまり「僕愛」や「僕が君の名前を呼ぶから」で再会するときの栞は、動かない虚質状態ではありません。
ですからこの点は良いとして、その後の2人の運命はどのようなものなのかを考察してみたいと思います。
作中明言されていないのではっきりとわからないことに、虚質は歳を取るのかということがあります。
虚質が物質とコインの表裏の関係であるなら、虚質としての魂も物質としての身体と同様に変化していくはずです。
(ただし虚質と身体が分離してしまった「君愛」の栞の場合、虚質の栞には問題なかったにもかかわらず、身体はその機能を止めてしまいました。しかし全く虚質に関係していない物質はありえませんから、魂が分離した栞の身体にもなんらかの魂としての虚質以外の身体を構成する虚質が働いていたと推測できます。ですからここでは魂としての虚質と身体を構成する虚質は別ものと考えられます)
作中では人間が死ぬと、その魂としての虚質は消滅すると言われていました。
ということは、少なくとも虚質には変化する可能性があると言えると思います。
虚質が物質世界の原因であるなら、虚質の変化は身体の変化に先立つのではないでしょうか。
たとえば幼少期の栞の虚質、青年期の栞の虚質、老年期の栞の虚質というように虚質の変化があってはじめて身体の変化が生じる。
それは時間が虚質を根拠とすることと同じことです。
であれば、虚質で再開した暦と栞も、歳をとってやがて死ぬ(消滅する)とも考えられないでしょうか。
「君愛」の栞が歳を取らないのは、虚質の持っているべき動性が失われていたからであって、だから場所を移動することもできませんでした。
映画版のラストシーンで見られるように暦と再開した栞が動いているのは、時間移動をして虚質の動性を有しているとも考えられます。
もしそうなら、ちゃんと動性を有する暦と栞は虚質状態でも歳をとってふつうの人間みたいに死んでいくのかもしれません。
(というかそうであってほしかったり)
やはり永遠に幽霊状態で2人でいるというわけではなさそうですよね。
そしてもうひとつ。
2人は魂としての虚質であって、「君愛」での2人の身体はもう消滅しています。
暦自身も喜んでいましたが、物語的に重要なのは、2人の魂としての虚質がゆりかごに一緒に入ったことで一部融合しているということ。
このおかげで暦は交差点の幽霊を見ることができ、時間移動をした際に栞を一緒に連れて行くことができたのでした。
果たして虚質のみの存在となった2人はどうなって行くのか。
映画版では、栞の「お嫁さんにしてね」に対する答えとして、虚質の暦の「結婚しよう」で終わりました。
私はこの言葉が意味するのは魂での結婚ということだと解釈します。
もちろん私的な解釈に過ぎないものですが、一部が融合していた2人の魂が、これからひとつに融合していく(結魂)と考えるとグッときます。
しかも、2人が結ばれるのは無数にある全ての並行世界の中でもたった1つだけの事象なんですよね。
けれどもそれは肉体を超えた魂での結婚という特別なものであって、だからこそ「君を愛したひとりの僕へ」が際立ってくるような、そんな気がします。
以上、独断で選んだ3つの謎を考察してみました。
実際には考察というよりほとんど想像であるとも言えますが、逆に言えばそれだけ想像力を働かせてくれる作品だということですね☺️
今回の考察でも言及が多かったように、個人的には「君愛」が物語の核心に迫るような内容だったので好きでした。
もう続編とかスピンオフとかは出ない完結した作品だと思っていますが、それでもまだまだ引き込まれてしまうものがあって、私はかなり面白いと思います。
読んでいない観ていない方は、ここまでこの記事を読んでいないと思いますが、運命的なラブストーリーを求める方には強くおすすめいたします!
お読みいただき、ありがとうございました🌸