見出し画像

“雪那”、“せつな”、”ゆき”、そして…児玉雨子『##NAME##』

あなたの名前はなんですか? 空欄の場合##NAME##と表示されます

 第169回芥川賞の選考会が開かれ、私が受賞を予想した児玉雨子さん『##NAME##』は落選となってしまいました。悔しいので感想文を書きます。

あらすじ

 雪那は中学受験を控えながらもジュニアアイドル“せつな”として活動している。しかし人気はイマイチ。一方、友人の美砂乃はジュニアアイドルとして活躍の一途を辿っていた。そんな美砂乃は雪那を”ゆき”と呼び、自分の名前を”みさ”と呼んでほしいと言う。
 「変態」とバカにされ中学時代、雪那の趣味は夢小説を読むことだった。入力を求められてもあえて名前は入力しない、画面に表示される名前は##NAME##、好きなタイトルは「夜もすがら」。やがてアイドル活動をやめた雪那は大学の3年のある日、1つのニュースを目にする。「夜もすがら」の作者が児童ポルノ禁止法違反で逮捕された…。

感想 

小学生にして水着を着て、大人の男たちの目に晒されることで感じていたぼんやりとした違和感は雪那の成長と共に強くなるが、母がその具体化を阻止する。「いやかもしれないけど、みんな通る道って言ってたよね?」。それでも身体の成長と共に違和感は爆発した。雪那はアイドルを辞める。しかし美砂乃は大学生になってもアイドルとして水着撮影を続ける。スタッフがやたらとアイスキャンディをくれたのは、それが男性器を連想させるからだと気づいているはずなのに。
 やがてその違和感は「夜もすがら」作者の逮捕でついに具現化された。小学生のときに撮影した水着写真は世間一般にいう“児童ポルノ”に分類されうる行為だったのではないか、「夜もすがら」作者の逮捕は雪那に迫る。一方で関係のない人間が「闇だ、闇だ」と騒ぎ立てる態度には雪那はどうしても納得がいかない。

闇が深い、すごい闇、貧困の闇、業界の闇、児童ポルノの闇、どちらとも呼べない闇と憤ったり憐れむような表情を浮かべたりしながら、割引シールを貼られた高い総菜を見つけるように探している。

 児童ポルノ、母のいびつな愛、美砂乃との関係、偏見、この小説を貫く軸はおそらく無数に存在する。アイドルとしての“せつな”、母から与えられた“雪那”、美砂乃に与えられた”ゆき”、そして##NAME##、本作は数多の軸をほどけさせることなく、”名前”を原点かつ交点として巧みに交差させた。一方で登場人物は軸に制限されることなく座標空間で懸命に輝いていた点も見事だった。

芥川賞予想として考えたとき

 先にも述べたとおり、候補作の中で最も広がりのある作品だと感じた。今回は”違和感”を中心に感想を書いたが、それ以外の視点から読んでも十分耐えられる作品であり、それぞれの視点から覗くと登場人物の抱く感情も違って見える。数多の感情を受け止められる作品という点で受賞を予想した。
 しかし1点、どうしても理解ができな箇所があった。それは物語の中心的役割を果たす夢小説「夜もすがら」の評価である。本作では「夜もすがら」の本文が多くの場面で登場するが、私の読解力では「「夜もすがら」の本文、いらなくね?」と思ってしまった。
 しかし選考委員の皆様方なら「夜もすがら」の効果より、作者の力量や将来性、物語性を評価してくれるはずだ、てか評価してくれ! と半ば願いにも近い気持ちで受賞を予想したが、あえなく落選となった。

さいごに

 本当に次回作が楽しみな作家さんです。作詞家のお仕事などお忙しいかと思われますが、作家としてのご活躍を心より楽しみにしております。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?