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あなたは私ではない。だから傷つき、救われる。朝井リョウ「ままならないから私とあなた」

 ときめくか、ときめかないか。そんな斬新な片づけ術で一躍有名になった近藤麻理恵『人生がときめく片づけの魔法』には次のような一文がある。

私の片づけの裏テーマは「お部屋を神社のような空間にすること」。つまり、自分が住む家を清らかな空気の漂うパワースポットにすることなのです。

近藤麻理恵『人生がときめく片づけの魔法』p.213

 この本が発売されたのは2010年、それはインターネットの発達によってプライベートが蝕まれている時代の最中。ときめきを基準とした片づけ術は自分の部屋を聖域とする防御術だったのかもしれない。

 それから14年が経過した2024年、プライベートの侵食はついに私の内部にまで到達した。朝井リョウ『ままならないから私とあなた』はそんな侵食の時代を生きる人々を描いた作品集である。

本書は短編と中編の計2作で構成されている。

 短編『レンタル世界』はとある風俗店から始まる。ベッドの上にいるのは社会人6年目の雄太、そして大学時代時代の先輩、野上お気に入りの風俗嬢ミイミである。

 野上先輩は雄太が過ごした学生時代の全てを知っている。童貞を捧げた相手、初めての風俗での出来事。雄太にとって野上は全てを知ったうえで今でも面倒を見てくれる安心感の計り知れない先輩であった。

 転機は体験型謎解きアトラクションから始まる。雄太は同じグループだった女性に見覚えがあった。会社の先輩の結婚式に参加していた新婦の友達、しかし雰囲気が全く違う。そのご雄太は女性に声をかけ、ある事実を知ることとなる…。

 雄太は野上先輩との付き合いを通し、さらけ合うことこそ信頼関係を結ぶ最高の手段と考えていたのだろう。

 自己開示による交流には陣取りゲームのニュアンスがある。「わたしの陣地に入っておいで。代わりにあなたの陣地に入ります。これで仲良し」こんなかんじ。これが友好条約となれば晴れて二人は縁を深め、領土問題となれば、その結末は言うまでもない。

 では同じ自己開示でも友好条約と領土問題に至る差はどこで生まれるのか。それこそ「ときめくか否か」の差なのかもしれない。

 一方で表題作『ままならないから私はあなた』は自ら領土侵入を企てた雄太とは対照的に、無自覚に領土に立ち入る者、立ち入られる者の物語である。

 音楽家を目指す雪子、無駄を嫌うエンジニアの薫、2人の13年間は合理性は時として深刻な領土問題に発展し、無駄は時として和平への決定打となりうると教えてくれた。

 結局、本作に掲載されている2作品の響き合いは1つの結論を導いているのではないのだろうか。それは「あなたは私ではない。だから傷つき、救われる」ということだ。

 どれだけ自己開示をしようが、インターネットが発達しようが、愛し合おうが、私はあなたを理解できないし、あなたが私を理解する日は決して来ない。しかしだからこそ、私の聖域は絶対に守られ、救われるのだ。



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