文学の同人誌を作って頒布するまで #3 デザイン編 - 文フリ東京41日前
石田「文学フリマ東京まであと41日。ついに合同誌『Quantum』の表紙デザインが決まりました」
鈴木「決まりましたね!」
石田「ということで今回は『デザイン編』。書影を公開しつつ、じっさいに雑誌の装丁(そうてい)を担当した原石かんなさんに話を聞いてみようと思います!」
原石「よろしくお願いします~」
手に持って出かけたくなるデザインを
鈴木「ところで、デザイン担当って何をデザインするんですか?」
原石「今回の合同誌だと、本文のレイアウトはDTP担当がやってくれているので、デザインチームが担当するのは」
原石「といったものがメインです」
鈴木「けっこうやることが多いですね〜」
原石「実は、普段は表紙とお品書きくらいしかデザインはやっていないので、今回は初めてづくしです。デザイン系の学校を出たり仕事で携わっているわけでもなく、独学と呼べるほど何かを学んだこともない人間ですが、自分が持っていて気分が上がる(もっと言うと、クラッチバッグのように手に持って外へ出かけられるくらいオシャレな)本を作りたいという気持ちは常にあるので少しでも魅力が伝わるよう気合いで頑張りたいと思います」
鈴木「なるほど。ひとつのアイテムとしても素敵なものを、ということでしょうか。たしかに原石さんがご自分で出されている本はどれもオシャレ!」
【書影公開!】表紙デザインを読み解く
・ポイントその① インスパイアード・バイ・テクノサウンド
石田「ではさっそく、表紙デザインを公開します!」
鈴木「おぉ~」
石田「ずばり、デザインのポイントはなんでしょう?」
原石「“Quantum”(量子)のイメージが自分の中ではテクノ系の音楽でした。副題の“小説を書くときいったい何が起きているのか”というのも、実際に書いている私たちにもわからない、掴みどころがないところもあって。なので、モチーフになるものは置かず、スタイリッシュでシンプルにまとめました」
・ポイントその② 特殊紙『虹彩パールペーパー』×『小口染め』
石田「あと、この『虹彩パールペーパー』という特殊紙もポイントなんですよね?」
原石「本を作りたいとなった時、まずどの印刷所さんでどんな紙を取り扱っているのかをいつもチェックするので、紙の存在は元々知っていました。体感としてキラキラした紙の方が人に興味を持ってもらいやすいというのがあり、せっかくなのでまだ使ったことのない紙を……と思ったところで白羽の矢がこの紙でした」
鈴木「普段から紙に注目してるんですね。でもたしかに『偏光インク』というのはあまり見たことがない質感です」
原石「そうですね。変にギラギラしすぎず品が良い感じと、手に取ったときに「おっ!」ってなったらいいなぁと。何となく、“Quantum”は落ち着いた赤色か緑色が合いそうな気がしていて表紙の四角い部分や背景色のグラデーションに緑をチョイスしていたこともあり、いくつか種類がある中からエメラルドに決めました」
石田「ふむふむ。あとは小口染めもする予定だとか」
原石「そうなんです。小口染めは、本の断裁面(天地と小口の3面)に色付けをする加工なのですが、今回は合同誌ということで本の厚みがある程度見込めるので、当日机の上に積み重ねた時に小口の色がぱっと目を引くんじゃないかなと思い採用しました」
石田「印刷所さんのオリジナル用紙・オリジナル加工だったりもするから、奥が深いですねえ」
鈴木「そういえば、以前スペースでお話を伺ったHS書架の春紫苑さんも、『ブックカバーを印刷するところ』、『口絵とかグラフィックを印刷してくれるところ』、『製本してくれるところ』など、何軒も印刷所さんをハシゴして本を作るとおっしゃっていました」
原石「たしかに、印刷所さんにも個性というか、それぞれの得意分野・強みがあると思います。期間限定の特殊紙や箔押し加工を出しているところや、その印刷所さんでしかできない特殊装丁もあるので、ホームページを見ているだけでも想像が膨らみます」
【使用ソフト】Adobe PhotoshopとCanva
鈴木「ちなみにこういうデザインはどうやって作っているんですか?」
原石「最近はもっぱらCanvaのアプリですね。通勤時間の合間にスマートフォンで手軽に作れるので重宝しています」
鈴木「ふむふむ」
原石「追加の文字入れや背幅部分の調整など、印刷所さんに送る完成データを作る際はPhotoshopの出番です。使用しているノートパソコンが古くて動作が遅いので、今後買い替えることがあればまたPhotoshopメインに戻るかも。あと表紙画像を作る際、自分では絵を描いたり、凝ったビジュアルを一から作ることはできないので、BOOTHでイメージに合う素材データを探して購入しています」
石田「なるほど~。そういう使い方もあるんですね。PhotoshopをはじめとしたAdobe製品は便利ですけど、金銭的にけっこう負担が重くて“Adobe税”なんて言われるくらいだし、代替としてCanvaは便利かもしれません」
【フォント選び】ロック&ロマンチック
・英文タイトル“Quantum”は『Palatino Linotype』
鈴木「この文字はどうやって作っているんでしょう?」
原石「まず、英文タイトルの“Quantum”については、『Palatino Linotype』というフォントをベースに、角度や幅を調整してつくりました」
鈴木「なるほど。ただの斜体じゃないんですね」
原石「Quantumの“Q”にアクセントを付けたいなと色々なフォントを探している内に『Palatino Linotype』に辿り着いたのですが、形が可愛くてお気に入りです」
石田「余談ですが、『Palatino Linotype』は、ドイツの巨匠ヘルマン・ツァップが1950年に発表した書体『Palatino』がもとになっています。『Palatino』はルネサンス時代のオールド・ローマン体の流れを汲んだ非常に完成度が高く美しい書体で、世界的にも大ヒットしました。有名なところだと、アメリカの映画会社・ドリームワークスの企業ロゴにも使われていますね」
鈴木「たしかに、見たことある!」
・和文タイトル・キャッチコピーは『マカロニ』&『ひな明朝』
原石「和文タイトルの『クオンタム』はフォントワークス社の『マカロニ』で、」
原石「『小説を書くときいったい何が起きているのか』というサブタイトルには書体デザイナー・さつやこさんの『ひな明朝』を使用しています」
石田「『Palatino Linotype』と『ひな明朝』はどちらもオールド系の、クラシカルな印象を与えるフォントですが、そこにあえて現代的で変化のある『マカロニ』を合わせると面白いバランスになりますね」
鈴木「そういえば、編集会議では那智さんから『カタカナ表記の“タイトル三連”が原石さんらしい』というコメントが出ていました」
原石「以前、自分のサークルで作った同人誌で試したことがあったんです。プリントオンさんの『ホログラムペーパーレインボー』という特殊紙を表紙に使いたいというのがまず先にあって、そこから「感性の温度 blue is hot」という本のタイトルをつけました」
鈴木「タイトルに合う紙を選ぶんじゃなくて、特殊紙からタイトルを発想したと」
原石「そうなんです。で、この紙は角度によって色の見え方が変わる個性的な紙なので、シンプルにタイトルだけにするでもよかったのですが、紙自体に「感性の温度」という言葉を体現してくれる力があると判断して副題の「blue is hot」のみを残しました。様々な色がある中で、青が一番熱いと主張するのはロックだしロマンチックじゃないですか。でも、これだけだと物足りない……じゃあ3回書いちゃえ!と。それを那智さんが気に入ってくれて。そのときに『表紙にタイトルを一回しか書いちゃいけない理由はないよね』っていう話をしたんです」
鈴木「なるほど、おもしろい!」
石田「たしかに重要なことは何度書いたっていいですもんね。重要なことは何度書いたっていい」
【ボツ案供養】合同誌ならではの難しさ
鈴木「ところで、こういうデザインはすぐ思いつくんですか?」
原石「じつはこのデザインに決まる前、編集会議でみんなに案を見てもらったんですけど、そのときはみんなの反応がイマイチで」
鈴木「ふむ」
石田「これも悪くなかったと思うけど……」
原石「『合同誌だからって遠慮してない?』って言われちゃって、たしかにそうだなと」
石田「それはどんなところが?」
原石「普段自分が作る感覚でやってしまうとそれは自分の本でやれってなってしまわないか、合同誌だからもう少し雑誌感というか……ちゃんとした感を出さないといけないんじゃないかとお行儀よく構えてしまってたんですね。でも、求められているのはそれではなかった。それなら、いったん費用面などの現実的な話は置いておいて、自分だったらどんな表紙だと嬉しいかを軸に紙や特殊加工も含めて仕切り直そうと」
鈴木「なるほど。それでブラッシュアップを経てこちらになったわけですね!」
同人誌デザインに必要なものとは
石田「僕も自分のサークルでデザインをすることがあるんですが、本とか雑誌みたいな媒体の場合、デザインにもコンセプトの説明が求められるというか、『これはどういう作品なのか』を伝えるセールス的な役割を担わなきゃいけない場合もあると思うんですが、そのあたりは原石さんどう思います?」
鈴木「たしかに、それは聞いてみたい」
原石「お恥ずかしながら、私は表紙と中に収録されている小説は別個の独立した作品と捉えていて、あまりセールス的な役割は気にしてないです」
石田・鈴木「ふむふむ」
原石「だから全然中身と関係ない表紙を作るし、表紙のタイトルをつけちゃう。自分が思い描く最高の本を作ることに情熱を燃やしたい、それで気に入ってくれる人がいたらラッキーくらいにしか考えていませんでした」
鈴木「なるほど〜。でも、そうやってデザインされた本だからこそモノ単体としての強さが前面に出るのかも」
石田「表紙と小説とはそれぞれ別個の作品、というのは自分にとって全く新しい視点でした。セールスのためのデザインに徹するか、別個の作品性を磨き上げるのか、あるいは両者のバランスを追い求めるのか……いずれの道を選ぶとしても、信念のあるプロダクトでなければ面白いものにはならない。こういう発見があるのは合同誌ならではですね」
鈴木「これから制作もいよいよ佳境を迎えますが、どんな雑誌ができあがるのか楽しみです!」
というわけで、今回はこんなことが議論されました。
こちらのnoteアカウントでは、「文学の同人誌を作って頒布するまで」と題して、合同編集部6名による制作過程のドキュメントを公開してゆきます。
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