透明の種ひとつ。
覚えのない宛先から封筒が届いた。
中を開けてみると一枚の紙切れと何かの、種の様なものがひとつ。
そういえば最近、知らない宛先から植物の種が送られてくることがあるらしい。巷ではキケンな植物だとかなんとか、そういうウワサが流れていた。
でも多分コレはそういうやつじゃないと思う。
だって、
あまりにもネオンネオンしく輝いているのだから。
透明の色をしたそれはプリズム光を瞬かせ、眩しいくらいに輝いていた。
一見、そう言う形の宝石にも見えなくはないのだけど、どうしてコレを種だと断定できるかと言うと、同封されていた一枚の紙切れに種と書いてあったからだ。
丁寧に種の育て方が細かく書かれているのだが、コレがなんの種で何に育つのか、そういったことは何ひとつ書いていなかった。
怪しすぎるそれを、けれど捨てずにいられないのはこの種のあまりの美しさからだろうか。
好奇心に負けた私は、プリズム瞬く小さな種を育ててみることにした。
用意するものは、プランター(大きめのものであれば植木鉢でも可)
椿島の火山灰、雛千鳥の涙。水は要らず、太陽光の当たらない日陰で風通しの良いところに置いておく。
3日に一度、必ず月の光を当てること。月が出ていない夜は星の光でも代用可能だがその場合は次の日は月の光を当てなければならない。
火気厳禁なので少しでも火の気があるものは近づけてはいけないらしい。
なんとも手がかかる。それにこれらの手順、まるで妖精でも育てる気であろうか。なんて文句を言いつつもついどう育つか見てみたくなる。
手間暇をかけてあからさまに怪しい種を育て始めてから二週間、その日が来た。
昨日まで平らだった灰の表面がこんもりと盛り上がっていたのだ。
じっと観察を続けているとポコっというような音とともにそれは出てきた。
植物の目ではなく、子供の頭くらいのサイズの卵が芽を出したのだ。
これが芽?何度も読み返したはずの紙切れに改めて読み返すとなんと新しく一文が追記されていた。そこには卵の育て方が書いてあった。
種を植えて卵になってさらにその卵を育てなきゃならないなんて、だったら最初から卵を送ってくれればいいのにとも思ったがどうやら卵が孵化するのはすぐのことらしい。
方法はひとつ、とにかく自分の好きなもので囲って埋め尽くすのだという。
『これであなただけの特別な卵が完成します』
怪しいにもほどがあるが、やっぱりやっぱり、好奇心には変えられない。
ひとまず、好きなものと言って思い浮かんだ手近にあった図鑑を並べた。
宝石図鑑、植物図鑑、海の生き物に陸の生き物、宇宙の生き物図鑑。持ちうるありとあらゆる図鑑を並べてた。
あとは、これらと一緒に丸くなって眠るだけ。
だそうだ。どういうこっちゃ。
仕方ないし丁度よく夜も更けてきたので、お気に入りの毛布とともに寝る。
ぱり、という小さな音とお腹のあたりの物音で目が覚めた。
毛布をはいで自分の腹部を覗き込むとなんと、卵が孵化していた。
ソレは並べ立てた様々な図鑑をそれはそれは美味しそうに食べている最中だった。
へ?
驚き惚けたままソレを見つめていると視線に気づいたのか、ばちっと目が合う。
ソレは、送られてきたタネと同じ色をした、プリズム瞬く、キラキラしい鱗を持った、一匹の美しいドラゴンだった。
しばらく見つめあったのち、興味を失ったのか食べかけの図鑑をむしゃむしゃと貪るのを再開した。
彼、あるいは彼女、透明のドラゴンはあっという間に図鑑を食べ尽くしたのち、ぺこりとお辞儀をするように頭を下げ、開け放たれていた窓からサクッと飛び立ってしまった。
夜中でも眩しい夜景に似つかわしくないそのシルエットは、全身でネオンの光を反射させて、あっという間に夜の闇に溶けていなくなってしまった。
ぷしゅうと、空気が抜けるように倒れこんで、そのまま意識を手放したことに気づいたのは、すっかり太陽が昇りきった頃に目を覚ましてからだった。
見知らぬ誰かから送られてきた透明な種を育てたら、ドラゴンが生まれてさっさと出て行ってしまった。
なんて誰が信じるだろうか。
長い夢を見ていたと思い込みたいけれど、すっかり寂しくなってしまった本棚の図鑑たちがいたスペースのせいで、そうとも言えない。
ていうか、何が咲くか楽しみに育ていたのにこんな仕打ちはないのだろう!と憤る気持ちでいたのだけれど。
月の綺麗な夜には必ず、何かが自分を守ってくれるような確信を得るようになっていた。
昔は不気味ささえ感じていた夜道が怖くなくなったのもちょうどその頃で。
友人の田舎の言い伝えでは種からドラゴンを孵すと姿は見えずとも死ぬまで守ってくれるという話があるそうだ。
ふと、月光が陰る。
瞬きをする瞬間だったと思う。プリズム眩しい光がチラッと視界に入った、ような気がした。
名もなきドラゴン。思い出なき一人と一匹。見えない絆は、それでもずっと続いていく。
そんなような気持ちになった。
いつか、あなたの元にも見知らぬ誰かから種が届くかも分からない。
そんな時は、面倒だなんて言わないでぜひ育ててみてほしい。
あなたを守ってくれる、姿なき騎士の生まれ落ちる瞬間に立ち会えるチャンスかもしれないのだから。
透明のドラゴンは、プリズム輝く鱗を一枚だけ落として夜の闇に溶けて消えた。
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