小説:雷の道(水曜日)#08
その日、僕たちは洋介のベッドの上で抱き合ったんだけどコンドームを使うことはなかった。
結衣がかたくなに拒否したからだ。
僕もどうやって事を進めていいのか、わからなかった。
それに友達のベッドだ。
その居心地の悪さが僕を躊躇させた。
結局、結衣が服を脱ぐ事は無かった。
僕たちは月に一度か二度のペースでそういうデートをした。
午前中に四人で会って午後、洋介たちが出ていく。
本当に家の人たちは帰ってこなかったし洋介も夕方まで帰ってこなかった。コンドームは毎回手渡されたけど、一度として封をあけることはなかった。
いや、一度だけ封を切った。
クリスマスも近い十二月だ。
午後、カーテンから暖かい陽が射していた。
僕たちはいつもそうするようにキスをした。
お互いの気持ちを確かめるように声に出して好きだと言った。
愛していると言った。
唇を通して二人の心が繋がっていくのを感じた。
混ざり合ってひとつになっていく。
かけがえのない濃密な時間だった。
他のなにものにも代えがたい大切な時間だった。
その瞬間に感謝した。
ゆっくりと唇を離し見つめあった。
いつもはそこまでだった。
それだけで満足だった。
あとは洋介たちが帰ってくるまで勉強するだけだった。
でもその日は違った。
僕の誕生日だったんだ。
特別な何かが欲しかった。
もっと繋がりたい。
確かなものが欲しい。
僕は結衣の服に手をかけた。
いつもきっちりと閉じられているシャツの第一ボタンに。
それをゆっくりと外した。
結衣の目は潤んだままだった。
僕は第二ボタンを外した。
結衣の手が僕のシャツに伸びてボタンを外し始めた。
僕たちは同じ場所に向かっているんだと思った。
ゆっくりと時間をかけて着ているものを脱いだ。
そして抱き合った。
何も身に着けていない結衣を抱くのは初めてだった。
再び結衣にキスをした。
耳にも首にも。
今までの分を取り戻すみたいに色んなところ、あらゆる場所に。
甘い声が聞こえた。
その声に突き動かされた。
僕は封を切った。
結衣がそれをじっと見ていた。
そして首を振った。
「これ以上はダメ」と言った。
「どうして?」と言ってみたけどそれが無駄な事はわかっていた。
ダメなものはダメなのだ。
その日、僕達は最も近づけたはずなのに、結衣の中に小さな闇のようなものを初めて感じたんだ。
受験勉強が本格的になってくると、洋介の部屋でのデートはなくなった。
年を越すとセンター試験がはじまった。
僕と結衣は同じ大学を目指していた。
県内にある国立大学だ。
学部は違ったけど、離れるつもりはなかった。
そして受験後の進路相談がはじまった。
二人ともまずまずの成績だった。
このまま順調に進めば楽に二次試験をパスできた。
僕たちはまた洋介の部屋で会う事にした。
その前日、別府の家に挨拶にいくことにしたんだ。
結衣の事を相談して、そのアドバイスもあって僕たちは付き合うことになったからね。
同じ大学に進学することくらい報告しとくべきなのかなと。
なかば軽い気持ちで訪ねた。
何度も行った事があったし学校から自宅に帰る途中だったからね。
別府のアパートは古い木造の二階なんだ。
鉄骨がむきだしで登ると甲高い音がする階段。
心地いい音が響いた。
呼び鈴を押そうと思ったけれど中から声が聞こえた。
小さな押し殺したような声だった。
ドアノブを回すとドアが開いた。
小さな声は少しだけ大きくなった。
断続した声。
耳にこびりつくような声。
それは無遠慮に大きくなった。
玄関を見ると大きなナイキのバッシュの間に小さな革靴があった。
挟まれるようにその見覚えのある靴はあったんだ。
「元気そうじゃん」
洋介が言いたいのは、そういうことだ。
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