【ミステリーレビュー】誰彼/法月綸太郎(1989)
誰彼/法月綸太郎
2021年になって新装版が刊行された、法月綸太郎シリーズの第2弾。
前回読んだ「一の悲劇」が、シリーズとしては邪道と聞いたので、新装版が出たことを受けて読んでみた1冊。
なるほど、視点人物として法月綸太郎が出てくると、こういう感じになるのだな、と納得した。
著者と同名の探偵役が、名探偵というより迷探偵に近いスタンス。
枢機卿の口を借りて、新本格ミステリー作家に対する罵詈雑言を浴びせるくだりもあり、ある種、自虐的な立ち位置をとることで、ダークな展開に終始せずコミカルなテンポをもたらす意図もあるのだろう。
この辺りは、あとがきで本人も"昭和末期にデビューした物書きであることを痛感する"と語っている部分であり、確かに現代では馴染まないのかもしれない。
フワフワした部分を強引に解釈したまま、証拠もなしに推理を披露しては、捜査を混乱させる法月綸太郎の振る舞いは、滑稽で面白いというよりも、読者を苛々させる要因となり得る。
科学捜査の精度や、携帯電話の有無などは、時代感として補完できるものの、こういう時代の流れに伴う感覚の変化は、なかなか当時の感覚で、というわけにもいかないから難しいものだ。
さて、その辺は新装版となり一部修正が入ったとはいえ、30年以上前に書かれた作品。
言っても詮無い話である。
謎の人物から、新・新宗教の教祖に脅迫状が届き、警察沙汰にしたくない秘書の裕美は、古い知人の法月綸太郎に犯人の特定を依頼する。
しかし、別のマンションから、元革命家と思われる首無し死体が発見されると同時に、密室だった塔から教祖が消えた。
密室、双子、首無し死体……という古典的なギミックを用いて、事件の様相が二転三転していく本格パズラー的な要素は、なんだかんだで、普遍的な面白さである。
どう考えても入れ替えトリックが行われているのが自明にも関わらず、的確に全貌をつかみ取ることができないヒントの出し方が絶妙だった。
ここまで読者にストレスを与える名探偵も珍しいのだが、最後の最後には、本格推理の王道に立ち返ってくれる安心感もあり、キャラが立っているという点でもシリーズの印象は改善されたと言っておこうか。
【注意】ここから、ネタバレ強め。
密室から教祖が抜け出したトリックで、江戸川乱歩ばりの大仕掛けなからくりが登場したのは驚いた。
論理と推理で説明可能なトリックであって欲しかったという気持ちがないわけではないが、だからこそ、終盤まで引っ張らずにあっさりと解かせたのであろう。
逆に、引っ張るに引っ張ったのは、首無し死体を巡る兄弟の入れ替わり。
もう少しコンパクトにまとめられた気がしないでもないが、結論が二転三転、推理するたびに様相が変わっていく構成こそが本作の魅力。
多重推理モノとして、誰が犯人でもなんとか説明が可能、という状況を作り出す中で、被害者候補を絞り込ませない設定は、選択肢の枯渇防止に効果があった。
もっとも、多重解決ではなく、多重推理というのがポイントで、ただ法月綸太郎が推理を外しまくるというだけではあるのだが。
恋愛要素はとってつけた感があり、そのため、オチとなる部分は弱いと言わざるを得ない。
とはいえ、ここまでトライ&エラー、あるいはスクラップ&ビルドを繰り返す推理パートに対してのインパクトは大きく、記憶には強く残るのかと。
比較的最近書かれたシリーズでは、彼がどのように成長したのかも気になるところ。
結局は、他の作品も読んでみよう、と思わせるだけのミステリーではあるのだ。