【ミステリーレビュー】毒島刑事 最後の事件/中山七里(2020)
毒島刑事 最後の事件/中山七里
"作家刑事毒島"シリーズの第二段。
あらすじ
皇居周辺で二人の男が射殺される事件が発生。
〈大手町のテロリスト〉と騒がれ出した中、警視庁一の検挙率を誇るも、その性格と毒舌によって扱いが難しいとされている刑事・毒島は、別の見解を提示し、犯人を挑発する頭脳戦を仕掛けていく。
その他、出版社の連続爆破事件、女性に硫酸をかける連続暴行事件、更には過去のとある事件の犯人グループを狙った連続殺人事件を追う中で、その裏に潜む黒幕的な存在に、毒島は執着していく。
概要/感想(ネタバレなし)
"刑事犬養隼人"シリーズのスピンオフ的な位置づけにある作品のようだが、シリーズものであることを知らず、うっかり買ってしまった1冊。
とはいえ、単体でも独立した作品となっていて、予備知識がなくても楽しめる。
時系列としては、第一弾となる「作家刑事毒島」の前日譚なのかな。
毒島が作家になる前、第一線の刑事だった頃の事件を取り扱っており、直接的な継続性がない分、前提知識が必要で置いてきぼりになることも、不用意なネタバレを喰らうこともなし。
安心して読んでかまわないと思われる。
連作短編のような構成になっていて、それぞれ独立した4つの事件を毒島が解決しつつ、最終章では、その黒幕である<教授>と対峙。
ひとつひとつの事件について、もう少し深掘りしていくかと思いきや、毒島があっさりプロファイリングしてしまうので、解決に向けて筋道をひねり出す楽しみというのは、やや弱いのかな。
本作の楽しみは、どのような精神攻撃で犯人を追い込んでいくか。
ミステリーの楽しみとは少し異なる気もするが、動機の部分にスポットを当てて、さらっと流してしまったら「動機が弱い」と批判されそうな動機について、立体的なリアリティを与えていると考えれば。
さて、本作は"痛快ミステリー"とのことだが、果たして本当に痛快だろうか。
これ、毒島の芯を突いた毒舌に、スカッと笑える者がどれほどいるのか。
犯罪に手を染めるか、その一線を踏み切るか、というラインの問題はあるので、犯人がクズというのに異論はないのだけれど、いくつかの事件においては、犯人が追い込まれた状況に同情や共感をしてしまう部分がないわけでもない。
その意味では、メンタル的にかなりヘヴィーだったな。
総評(ネタバレ強め)
確かに、〈大手町のテロリスト〉事件は痛快と言えるのだと思う。
逆恨みから無差別殺人を起こす身勝手さを強調したうえで、あっさり捕まり、ひたすら毒島にこき下ろされるというチュートリアル的展開は、気持ち良さが勝っていた。
連続爆破事件を読んだうえでも、まだそんな高揚感はあった。
一方で、硫酸事件以降は、倫理観を度外視すれば被害者側にも恨まれる要因はあって、元チンピラグループの連続殺人事件においては、完全に善悪の立場が逆転する。
一貫しているのは、強い自意識と、それに見合わない現実的な貧困。
搾取される側は、いつまでも搾取される側、という構図がはっきりしていて、それをひたすら煽って嘲笑する毒島の言葉が、徐々に重く聞こえるようになってくる。
本作の醍醐味は、まさにその犯人との対話の部分。
フーダニット要素は薄く、強いて言うなら硫酸事件ぐらいで、本格ミステリーとして読みすぎると、ちょっと肩透かしかもしれない。
<教授>は誰か、という大謎についても、読者にとってはノーチャンス。
となると、ミステリーとしての本作のネタバレって何だろうな、と思う。
どんでん返しがあるのは良いのだけれど、せめて<教授>は、それまでに出てきた人物の中にいてほしかった気も。
ダークなキャラクター小説、といった趣向だろうか。