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【ミステリーレビュー】楽園とは探偵の不在なり/斜線堂有紀(2020)

楽園とは探偵の不在なり/斜線堂有紀

斜線堂有紀にとって、初の本格ミステリー長編となった特殊設定ミステリー。



あらすじ


不条理に"天使"が降臨した世界。
二人以上の人間を殺した者は彼らによって地獄に引き摺り込まれてしまう。
このルールによって、世界からは連続殺人が激減するが、その代わり、どうせ地獄に行くならと、巻き込み型の自爆テロが増えていた。
探偵の青岸焦は、天使趣味の大富豪・常木王凱に招かれ、天使が集まる常世島を訪れる。
彼を待ち受けていたのは、起きるはずのない連続殺人事件。
犯人は、どうして不可能なはずの連続殺人を遂行できているのか、過去に囚われる青岸は葛藤しながらも調査を開始する。



概要/感想(ネタバレなし)


"天使"がいることを前提にしているが、その天使がだいぶ風変り。
蝙蝠のような不気味な羽に、痩せた体、顔には凹凸がなく平べったい。
言葉は発さず、角砂糖に群がる修正がある。
その辺を漂っているのみで、基本的に無害であるが、連続殺人犯を地獄に引きずり込むときだけは異常な力を発揮する、といったものだ。
天使が降臨した理由は誰にもわからないとしており、完全に不条理の象徴として描かれている。

視点人物の青岸は、かつては名探偵だったが、天使の降臨以降は、悪人への裁きを天使が自動的に下してくれるため、商売あがったり。
もっとも、常世島に集まったほかの招待客とも距離を置いている印象で、無気力は、単に仕事がなくなったからではない様子。
序盤は、島で起こっている出来事と、彼の過去に何があったのかの回想が、並行して語られることになる。
回想がひと段落したところで、いよいよ連続殺人パートに突入、といったところなのだが、そこまでの何ともいえない重苦しさは、人を選ぶ部分があるかもしれない。

前半が重い分、後半に向けてテンションが上がっていくかと思いきや、テンポは多少上向きなもののメランコリックな雰囲気は変わらず。
殺人鬼がこの中にいる、という疑心暗鬼的な緊迫感が薄い一方で、起こらないはずの連続殺人が起こっているという異様さが先立っていることから生じる静かなパニックは、果たしてファンタジーなのかリアリティなのか。
このあたりも、特殊設定が活きているからこその物語の展開で、言うなれば、世界に対するハウダニット。
近年増えつつある特殊設定ミステリーの中でも独特な読み口だったと言えるだろう。



総評(ネタバレ強め)


特殊設定ミステリーにも弱点があるとすれば、特殊設定を加える以上は、そこにトリックがあると宣言しているようなもので、本作においても、それは当てはまる。
斬新な設定ではあるが、逆算してみれば納得で、"このトリックを実現させるには、天使にどういう特性が必要か"という目線で考えると、概ね、このような特性に行き着くのだろう。

ただし、絶妙だったのが、本作に纏わりつく退廃美とも言えそうな世界観。
不条理をテーマに据えたメッセージ性は痛烈で、不気味なヴィジュアルの天使は、まさに不条理の象徴として描かれている。
青岸の心の傷や、常木の天使趣味の異常性を強調するために、あえてデストピア的世界に仕立てている、と読者は勝手に設定を補完するのである。
更には、連続殺人を不可能にする担い手という役割を担っていて、既に舞台設定として機能済み。
存在感が強すぎて、彼らの習性がトリックの肝だということをカムフラージュしているのである。

もっとも、連続殺人が出来なくなる=探偵が不要になる、という前提はすっと入ってこなかったかな。
探偵が殺人の調査をする、というミステリーならではのデフォルメは置いといて、一般的な殺人事件は発生し得るよな、と。
無宗教的な日本において、そうやすやすと神が赦しているからOK、となるものかね。
自殺志願者が、どうせ地獄に落ちるなら多くの人を巻き込んで、という発想になるのも、ちょっと飛躍しすぎな気がしてしまった。
病院の設定については、結末にも結び付いていて面白かったが、クローズドサークルだからこその力業、という部分も否めないだろうか。

それにしても、具体的な事件があまり語られていないにも関わらず、とても魅力的な旧・探偵チーム。
結末を知ってしまっている以上、楽しんで読めるかわからないものの、5人が活躍する物語も読んでみたいほどだ。
助手志望者が相次いだあたりで、新・探偵チームが結成され、続編に繋がっていく伏線かな、とワクワクしたのだけれど、さすがにシリーズ化するには設定が特殊すぎたか。

#読書感想文

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